あれ以来、宮原君を避けていた。ロボットのように機械的に必要事項を話すくらいで、何か声をかけられても私はうまく対応することができなかった。
「なんか調子悪い?」
書類の束に向かってため息をついたところで、隣の席のミカが顔を覗き込むように話しかけてきた。
「どうして?」
ほんの少し動揺したことは、悟られたくなかった。ななみちゃんには敵わないと諦めている自分を誰かに気づかれることが辛い。こんな所にも小さなプライド。
「平気だよ」
頑張って口角を上げた私の肩に手を置き、ミカがたんたんと軽く叩く。
「飲みたくなったら、言ってよね」
「ありがと」
些細な優しさが身に沁みる。
午後になり、みんなで買った高級チョコが課長の手へと渡った。義理だと知っていても、なんとも嬉しそうな顔だ。お返しが大変だろうな。
肩を竦めながら、机の引き出しに視線が行った。
あんなに作ることを拒んできたのに、なにを思ったか私は結局ガトーショコラを手作りしていた。久しぶりで感覚が少し鈍っていたけれど、悪くないできだと思う。ラッピングも綺麗にできた。
なのに、ななみちゃんの顔や宮原君の顔を見てしまえば、引き出しから出す勇気などどこにもない。このまま引き出しの中で、箪笥の肥やしのようになってしまうんじゃないかと思うくらいだ。
ミカにあげちゃおうな。
ため息をつき、一息入れようと席を立つ。休憩室でコーヒーを淹れ、窓の外へ視線を向けると飽きるほどの青空が広がっていた。
「眩しい」
ポツリと呟くと、隣に宮原君が現れた。思わず、半歩後ずさると待ってよと声をかけられた。
「関川さん、最近元気ないっていうか、俺のこと避けてたりするよね?」
図星すぎても、そんなことないというように私は首を振った。
「俺の気のせいだといいんだけど」
それから窓の外に広がる青に目をやり、空に向かって話すみたいにポツリとこぼす。
「今日は、俺。朝からずっと関川さんからのガトーショコラを期待しちゃってんだけどな」
人なつっこい笑みをたたえて宮原君が再び私を見るから、心臓は正直すぎる程にドキドキと彼に反応する。
本気なのだろうか。
ここまできてもまだ彼の言葉を信用しきれていない。あの日ふられた光景がいやがおうにも私の勇気を退ける。



