「関川さんは、詳しそうだね」
宮原君に訊ねられて、そんなことない。と即座には応えられなかった。
これがつまらないプライドの正体だ。今になっても、そんなプライドを抱えているなんて馬鹿みたい。
そこで課長からななみちゃんへとお呼びがかかった。
「もうっ。まだ宮原さんとお話したかったのにー」
拗ねた表情も可愛らしい。
また後でお話ししましょうねと笑みを置いて、ななみちゃんは課長の元へと軽やかにヒールを鳴らして行った。その姿から視線を戻した宮原君は、もう冷めているだろうコーヒーのカップへ手を添える。
「関川さんは、どんなのが得意なの?」
訊ねながら、ななみちゃんがいなくなった事で私がさっきまで座っていた椅子を引き、席に座るよう促された。
ストンと腰かければ、ウキウキとした宮原君の訊ねる目が眩しくて、つい正直に応えてしまった。
「ガトー…ショコラ」
躊躇いながら言葉にすると、テーブルへと視線が移動する。
「え? これ?」
さっき一口だけ食べてお皿に残したままのガトーショコラを見て、宮原君は驚いたと私を見た。それから優しい笑みを浮かべて言ったんだ。
「食べてみたいな。関川さんの作ったガトーショコラ」
宮原君の言葉に体が固まった。
ズルイよ。そんな笑顔でそんなこと言われたら、私勘違いしちゃうよ。
だって、手作りだよ。気持ち悪いでしょ?
気持ち悪くて、こんなの食えない――――。
あの瞬間が蘇り、胃がキリキリとしてくる。
「もうすぐさ、バレンタインじゃん。俺に作ってくんない?」
何言って……。
「手作りだよ」
「うん」
「大丈夫?」
「何が?」
「気持ち悪く、ない?」
「え? なんで気持ち悪いの。関川さんが作ってくれるなら、喜んで食べるし。なんなら、もったいなくて食えないかもしんないけど」
目尻を垂らして笑う顔に、思わず心を持っていかれる。
そんな顔して、そんな発言。やっぱりズルイよ。期待しちゃうじゃない。そういうのは、本命のななみちゃん相手にだけやってよ。
「あ、えーっと。そか、義理だよね。義理チョコ。ね」
何を舞い上がっているのか。チョコを催促されて浮かれるなんて、調子に乗りすぎだよね。
無駄に笑顔を浮かべてからコーヒーを口元へ持っていったままの宮原君を見れば、なんだか悲しげな顔をしていた。少し離れた場所では、ななみちゃんが課長や他の男性社員相手に可愛らしく笑顔を見せている。
ななみちゃんなら、素直に喜んで作るんだろうな。
「本気って言ったら?」
宮原君があえて体をこちらへと向けるように座り、まっすぐな目で私を見た。
吸い込まれそうな瞳から目が離せない。さっきまでガヤガヤとうるさかった周囲の音が私の耳から遠ざかる。
本気って、どういうこと?
そんなはずないと思う自信のない私と、素直に期待してしまう自分がぶつかり合う。トクトクと左胸が反応しだす。見つめる目を見つめ返せば、その中に期待する答があるような気がする。
宮原君、私――――。
「みーやはらさんっ」
不意にかけられた可愛らしい声に、はっとなる。さっきまで遠ざかっていた周囲の喧騒が一気に耳へと近くなった。ななみちゃんが戻ってきたんだ。
私だけ見ていた宮原君の視線が、やってきたななみちゃんへと再び注がれる。
あっという間に持っていかれた好きな人の眼差しから目をそらし、残ってしまった黒い塊を前に私はまた席を立った。
当然のように私の席にはななみちゃんが座り、宮原さんと向き合って会話が始まる。
楽しげな彼女を羨む自分がいた。



