何やってんだろ。あんな昔のこと、いつまでも引き摺って泣けてくるなんて馬鹿みたい。
洗面台に手をついて、誰も居ないのをいいことに盛大に溜息をついたら、涙の雫がぽたりと落ちた。
「いい大人でしょ。しっかりしなよ」
涙のあとを残す鏡の自分にいって、大きく深呼吸。突然あんな行動とったら、宮原君だって不審に思うよね。
「戻ろう」
涙で少し赤くなった目を気にしつつも席へ戻ろうとしたら、そのまま座っていた宮原君のそばにななみちゃんが立っていた。私の椅子の背もたれに寄り添うように立ち、話し込んでいる。
戻りづらいな。
距離をおいて二人を見ていたら、宮原君が私に気がついた。
「関川さん。大丈夫? 具合悪くなった?」
苦笑いでなんでもないと首を横に振ると、ななみちゃんが胸元に手を置きながら会話に混ざる。
「関川さん。バレンタインってどうするんですか?」
「え?」
何の脈絡もなく訊ねられた内容は、今なら漏れなく触れられたくない話で、誤魔化すようにして僅かに首をかしげた。
「私、手作りにしようかと思ってるんです。宮原さん、どんなのが好きですか?」
あからさまなアピールに、羨ましいと思うよりも先に驚きがくる。あんなにわかりやすく好きな人へと訊ねられる勇気など、私には到底ない。
「えーっと。どんなのかな」
曖昧に応える宮原君から、ななみちゃんが私へと視線を移した。
「好きな人への手作りチョコって、憧れじゃないですか? ザッハトルテとか作ってみようかな?」
人差し指を口元へ持っていき、少し上に視線をやる表情は可愛さの塊だ。
「川原さん、ザッハトルテなんて作れんの?」
宮原君が驚いたように訊ねた。私も同じ気持ちでななみちゃんを見た。
「作ったことないんで、チャレンジです」
顔に似合わず大胆で思わず頬が引き攣った。
「チョコレートケーキにチョコレートをかけちゃう感じですよね?」
ザックリ言えばそうだけど。
「えーっと……、チョコレートをかけるタイミングは意外と難しいと思うよ」
やんわり教えると、そうなんですか? と特に何も考えていないような返答に大丈夫かなとこちらが心配になってくる。
冷め始めてかたまる寸前のチョコをとろりとかけ、表面へと綺麗に撫で付ける作業は意外と難しい。凸凹になったり、撫で付けるスパチュラにケーキがはがれてついてきてしまったりするからだ。



