何が悲しくて、一人嫌な思い出のあるガトーショコラを食べなくちゃいけないのか。
 睨みつけるようにしていても何かが変わるわけではないけれど、どうしても口にする気にはなれなくて、ガトーショコラを前にため息しか出てこない。
 すると、空いていた隣の席に影が差して席が埋まった。ミカが戻ってきたのかと、隣へ視線を向けるとまたも宮原君だった。いなくなったから、てっきりななみちゃんのところへ戻ったのかと思っていた。

「なんだ、の宮原です」

 また面白そうにいって、コーヒーを二つデーブルに置いた。

「飲むでしょ?」

 甘いものにはつきものだとでも言うように、当然の顔をしてカップの乗るソーサーを私の前に置いた。
 確かにその通りなのだけれど、ななみちゃんのところへ戻らなくていいのだろうか。しかも、隣に座られてしまったら、いやでも目の前のガトーショコラを口にしないわけにはいかない。

 高校以来だから、何年ぶりだろう。ああ、数えるのはやめておこう。年齢を意識してしまう。

 目の前のガトーショコラをみつめたまま、私のフォークはなかなか動き出さない。隣では、どうして食べないの? というようにコーヒー片手の宮原君が私をみている。
 というか。

「宮原君は、デザート食べないの?」

 未だ口へ運べないガトーショコラの代わりに話をそらすようにして訊ねた。

「関川さんが食べて美味しかったら、俺も食べるよ」

 え? 私、実験台?

 さあ、食べてとでも言うように、宮原君が私とガトーショコラを見るものだから覚悟を決めてフォークを突き刺し口にした。

「うまい?」

 食べる私に宮原君が注目している。
 久しぶりに口へ運んだガトーショコラは、懐かしくてやっぱり苦い。思い出の辛さが合間って、甘味よりも苦味に支配される。

 気持ち悪い――――。

 脳裏に蘇る冷たい言葉。
 どうしよう、涙腺緩みそう。

 咀嚼するのが苦しくて、ゴクリと塊を飲み込んだら、その音が意外と大きくて隣の宮原君が驚いたように目を見開いた。

「まずいの?」

 丸呑みした私の顔を探るように見て訊ねる。

 わからない。
 そんなのわからないよ。

 悲しい味しかしない。
 辛い味しかしないよ。
 苦い味しかしないよ。

 思い出せばもう無理で、緩みそうだった涙腺は完璧に緩んで、気を抜けば涙が浮きこぼれ出そうだ。
 テーブルに手をつき、立ち上がる。

「関川さん?」

 突然立ち上がった私を、座ったままの宮原君が驚いたように見上げた。

「ちょっと、ごめん」

 パタパタとその場から去り、パウダールームへ駆け込んだ。