音楽院に身を置き、ヴァイオリンだけに時間を費やした巽は、世界的に有名なコンクールで優勝したことをきっかけにその名を知られるようになった。
ヨーロッパだけでなく、世界各地で開いたコンサートによってさらに演奏家としての地位を確固たるものにし、七年ほど前に日本に拠点を移している。
巽が帰国してすぐ、偶然という名の巽の計画によって再会した私たちは、恋人としての時間を再び刻み始めた。
再会した当時、私はシステム開発を本業とする大手企業に入社して二年目で、仕事で自分の未来を切り拓こうと、もがいていた。
事務職採用だった私は、仕事の面白さに触れるにつれ、総合職への異動を望み、あらゆる講習会に参加したり、資格取得に励んだり。
一人前に仕事ができるように必死だった。
学生時代からずっと、何事にも『それなり』というもので満足し、就職だって会社のネームバリューだけで決めたといういい加減さ。
就職してからというもの、それまでの自分を反省することばかりだった。
学生時代には通用していた運の良さとその場しのぎの要領の良さは役に立たないと知り、自分を嫌いになる一方だった。

