チケットの抽選に外れて落ち込む私に、内川さんはいつもチケットを用意すると言ってくれるけれど、それはだめなのだ。
「私と同じように巽の演奏を聴きたいファンの方は多いから……いいんです。自分で手に入れてこそ、楽しめますから」
「だけど、由梨香さんが客席にいれば巽も気持ちがのるんですよね」
私の言葉に呆れたようにそう言った内川さんに、私は首を横に振る。
「巽は、私の存在に気持ちを揺らすようなヤワな演奏家じゃありませんから」
「そうは言っても……」
「いえ、巽の演奏が私に影響されることはないですから。そうでなければ今の場所まで来られなかったはずです」
小さく笑った私に、内川さんは肩を落とした。
「まあ、それはそうなんですけどね。……巽も由梨香さんも頑固で困ります」
からかうような声に、私は「それはすみません」と肩をすくめた。
長く市川巽のマネージャーを務めている内川さんにしてみれば、私と巽の付き合いは理解できないのかもしれない。
高校時代付き合っていた巽とは、高校卒業と同時に別れ、巽はヨーロッパに渡った。
ヴァイオリニストになるという子供の頃からの夢をかなえるためだ。
当時の私たちは、遠く離れてしまうことに不安ばかりを募らせ、つきあいを続けていく自信を持てなかった。
未成年だったし、子供だったのだ。

