スイーツ男子と言う言葉があるくらい、甘いものが好きな男性は少なくない。

森本さんもそのひとりで、謙信という戦国武将のような勇ましい名前に似合わず、洋菓子をこよなく愛している。

けれど、ひとりでスイーツカフェに入るのは恥ずかしいらしく、彼とのデートはケーキ店巡りが定番、今日も彼が行きたがっていたチョコレートが評判の店で待ち合わせ。

しばらく外で待っていたけれど、寒風に耐えられず中で待つことにした。

店のドアを開けたたとたん、甘い香りに包まれた。


ガラスケースの中の美しい菓子に目をやりながら、店の奥のティールームへ入り、もうすぐ連れが来るので……とひとこと添えて、とりあえず紅茶を注文した。

向かいの席のカップルはオランジェットを仲良く分け合い、右隣の女性は雑誌をめくりながら小粒のチョコレートを愛おしそうに頬張り、左隣の男性はノートパソコンを覗きながら、ブラウニーと紅茶を交互に口に運んでいる。

どの顔も満足そうで、ここのスイーツは評判通りであることを語っている。

森本さんが選ぶ店にはずれはなく、どこへ行っても絶品のスイーツを堪能できるけれど、不満もある。

多忙な部署に転属になってからというもの、約束の時刻に来たためしがない。

「今日は出先から直帰だから、7時までには行くよ」 と言っていたのに、やっぱり待ちぼうけ。

彼を待つ間、美味しそうなスイーツを横目に紅茶一杯で過ごす忍耐を強いられている。

早く来て、チョコレートの濃厚な香りに溺れそう……

約束の時刻を20分過ぎてもまだ現れない森本さんへ、心の奥でつぶやいた。

さらに10分待たされて、連絡くらいしなさいよ! と口だけ動かして悪態をついていたところへ、ようやく彼がやってきた。



「待たせたな」


「待ちました、待ちすぎてどうにかなりそうです。


美味しそうなお菓子が見ながら待つのって、拷問ですよ。 知ってました?」


「俺を待たずに、食べればいいじゃないか」


「だって……一人でケーキを食べるの、なんか嫌です」



左右の席は 「おひとりさま」 だった、と気がついて、あわてて口元を押さえた。

が、両脇の席はいつのまにか客が入れ替わり、ふたり連れになっている。

客が入れ替わるほど待たされたということだ。

森本さんと一緒に食べようと思って待っていたのに、ホント、人の気も知らないで。



「へぇ、牧野はひとりが恥ずかしいのか」


「森本さんだって一人で入るの恥ずかしいから、私を誘うんじゃないですか」


「男と女は違うんだよ。男がひとりでケーキとか、カッコつかないだろう。

で、どれがオススメだって?」



そういって答えをはぐらかすと、メニューを覗き込み、どれがいいのかと重ねて聞いてきた。

これですけど、と指さしながら、そっとため息をつく。

一緒に食べたいから我慢して待ってるのに、そんなこともわからないの?

アナタに会うときは、いつもよりお洒落してるの、わかってる?

……と言えたらいいけれど、言ってもわからないだろうな……



「牧野のチョコムース、うまそうだな」


「美味しいですよ。けど、森本さんにはあげません。私を待たせた罰です」


「えーっ、わかったよ。じゃぁ、これ、食べて。上にかかってるクーベルチュールチョコが最高だぞ」



私の拗ねた気持ちも知らず、森本さんは無邪気な顔でケーキを切り、フォークに一切れさして私の口に押し付けた。

強情に口を閉じていたけれど、濃厚な香りに誘われて、つい口をあけた。



「美味しい。さすが、高級なチョコは違いますね。次はそれにしようかな」


「だろう? だけど、今のはちょっと違うな。クーベルチュールは高級チョコって意味じゃない。 

カカオバターの含有量が多いのがクーベルチュールチョコ。

コーティングされる素材チョコだから、カバーチョコとも言うんだ」



彼の口が滑らかに動き出した。

普段は怖い顔でデスクに向かって、話しかけても無愛想で、女の子たちに怖がられ煙たがられている。

ところが、スイーツを語り始めたら、止まるところを知らないんじゃないかと思うほど、次から次ぎへと知識を披露してくれる。

いまも、クーベルチュールの講釈中。

へぇ、そうなんだ、と愛想良く相槌を打つ私に、彼は至極ご満悦。

おかげで私もずいぶんスイーツに詳しくなった、

チョコレートの成分分析より、私の心を分析してくれないかな。

もっと言って欲しいことがあるんだけど、ねぇ、気付いてよ……