母が亡くなったのは、私が実家を出てひとり暮らしをはじめて間もないころだった。
家事のほとんどを母かませにしていた父は、母が逝った当初、自分の下着がどこにしまわれているのかもわからないありさまだった。
実家の近くに住んでいた妹夫婦と私とで父の面倒を見てきたが、妹夫婦が暮れに転勤になり、その後私が実家に戻って父と暮らしている。
いまでは料理も少しできるようになり、掃除など私より丁寧で、母が生きていたらびっくりするほど変化を遂げた父だが、昨年ひざを痛めてから生活に支障をきたすようになっていた。
口では 「早く嫁に行け」 と言うけれど、そばに住んでくれることを願ってもいるようだ。
不器用で、思ったことの半分も口にしない父は、森本さんを紹介したときとても喜んでくれた。
自分に似た息子が出来るといって……
最初っからそう言ってくれたら私だって悩まずにすんだのに、もぉ、どうしてこうも口下手なの。
ほんっと、手のかかる男だわ。
ようやく涙がおさまって、ファンデーションもマスカラも崩れた顔をあげると、ショコラタワーに手を伸ばす彼が見えた。
チョコをゆっくりと味わい、私のグラスを引寄せると、残りのカクテルを全部飲み干した。
「予定通り結婚式はあげよう」
「いいの?」
「お父さんも安心されるだろう」
「そうだね」
「2年で本社に戻る条件で福岡行きを受け入れた。2年間は単身赴任ってことになるのか」
「新婚早々単身赴任って、あはは……あっ、ごめん」
「まっ、ときどき俺のところに来てくれればいいから。うーん、そうだな、一月に一回くらい」
「もちろん、行きます。森本さんも帰ってきてね。出張もあるから、思ったより会えるんじゃないかな」
話が弾みはじめて、だんだん将来の生活が見えてきた。
私たちにとって最善の方法を考えてくれた彼のことが、やっぱり好き。
「千花、結婚しよう」
「はい」
彼のプロポーズはシンプルで、だからこそ心に響く。
そして、名前を呼んでくれたことが嬉しかった。
甘い物が大好きで手のかかる人だけど、口数が少なくて不器用な人だけど、それは誠実だってこと。
私の返事に安心したのか、最後の一粒を口に入れて 「これ、最高にうまいぞ」 って、自分だけ味わって嬉しそうだ。
「私も食べたかったのに……」
「あっ、わるい……これ、食べる?」
チョコのついた指が私の唇にふれる。
今の私は最高に甘い気分。
彼の指を唇で挟み、舌先でチョコをからめとった。
「もっと食べたかったな」
「これからいくらだって食べさせてやるよ」
耳元に寄せた彼がビターな声でささやいた。



