黙ったまま、一馬は零士を見据える。

零士は、ジリジリと二人に近寄っていく。

「…満里奈」

いつもみたいに優しい声で満里奈を呼んだのは一馬。

満里奈は顔を一馬に向けた。

「…あの男がそんなに好き?」
「…うん」

「…あの男が恋しい?」
「…うん」

一馬の問いに、正直に答えた満里奈に、一馬は力なく笑った。

「…満里奈はもう、俺の満里奈じゃなくなったんだな」
「…お兄ちゃん…ごめんなさ」

謝りかけた満里奈に、一馬は首をふった。

「…わかった…もう二度と、満里奈の前には現れないよ」
「…お兄ちゃん?」

「…御崎さん、満里奈をお願いします」

そう言ったかと思うと、一馬は満里奈から離れ、向かった先は…

「…いや!!やめて!お兄ちゃん!」

一馬は満里奈に背を向けたまま、屋上から飛び降りた。

それはもうスローモーションのようにゆっくりと流れていく。

叫ぶ満里奈の横を誰かが走り、通りすぎた。

…それは誰でもない。…零士、その人だった。

零士の頭のなかは、一馬は憎い相手ではなかった。満里奈のたった一人の優しい兄だった。

満里奈を悲しませるなんてあり得ない。

ただ願ったのは、満里奈の笑顔と一馬の尊い命を助けること。

しかし、失敗すれば、一馬の命も、零士の命もない。

満里奈は大事な人を二人も一気に失うのだ。