「あれ……大将は……?」


お店の中に入っても怒鳴り声1つ聞こえない。
それどころか、大将の姿さえ無かった。


「……嘘です」

「え……」


ポツリと呟くと山瀨さんは勢いよく頭を下げていた。
何が何だか分からずその場で固まっていれば彼の顔がゆっくりと上がる。

視線が混じり合うだけで胸が締め付けられていく。
その理由は、山瀨さんの顔が哀しそうに歪んでいたから。


「ミサキさんが……あの人に抱きしめられている所を……あれ以上見たくなかったんです」

「……山瀨さ……」

「俺は! 俺は……」


一瞬だけ視線を彷徨わせると決心したように再び瞳が私を捉える。
熱い眼差しを感じながら息をのむと山瀨さんの唇が小さく動いた。


「ミサキさんが俺以外の男に触れられてるのを黙ってみているほど出来た大人じゃ無いんです。
本当は……チーフや大将と話しているだけで……胸が痛いっ……」


弱々しい声。
それを表すように体も僅かに震えていた。

でも何故だろう。
瞳だけは真っ直ぐで、想いがダイレクトに伝わってくるような気がした。