「……何を言っているのでしょうか……ね」


わざとらしく笑って視線を床へと逸らす。

頭に浮かんだのは思い出したくも無い“彼”の事だった。
私が幼いながらに真剣に好きになった人。

今までは思い出せば苦しくなっていた。
だけど……。


「ミサキさん……?」


優しい声に誘われるように顔を上げれば、心配そうに眉を下げる山瀨さんと目が合った。
それだけで、心が落ち着いて、温かい気持ちになる。


「不思議な人ですよね、山瀨さんって」


あれほど憎かった先輩が、大嫌いだった先輩が。
今はそれほど何も思わない。

それどころか、思い出すことも少なくなっていた。

それは、山瀨さんという存在が私の心の中で大きく膨れあがってきたから。

彼は確実に私の特別へと、変わっている。
そんな気がする。