「僕は死んでからすぐに、何もこの世に未練はないと思いました。もう逝っても良いと」

ですが、と彼は若草色の瞳を悲しげに伏せる。

「何故か僕は、あの世に渡れないのです」

あんまり悲しそうに言うものだから、あたしは何だかこの人が可哀相になった。
ぎゅっと心臓が縮こまったような、そんな気持ちになった。
彼は続ける。

「けれど、あの日、僕がいつも通り柳の下にいた時のことでした…」



***

――お前は、死の安息を得たいか。

ざあざあ降りのひどい雨の中、人の声に顔を上げると真っ暗な傘を片手に携えた黒ずくめの青年が男の前にすっくと立っていた。
黙ったままぼんやりと見上げる男の側にしゃがみ、青年は同じ問いを繰り返した。顔は暗闇に紛れて見ることはできない。
男は力なく頷いた。

「ならば、俺に協力しろ。
藤咲朝香という新しい死神がいずれおまえの前に現れる。
そいつならお前を『あちら側』に送れる…だが、その力だけは今のところ俺が封じてある」

何が望みなんだ、と問う男に、青年は「物分かりがいいじゃないか」と、にやりと笑って見せたようだった。
青年は言った。

――女神を一人さがしだしてくれ。