「おかえり、葵」
トミーさんがいつもの声で出迎えてくれる。
カウンターの向かいに座っているのはトミーさんの音楽仲間のおじいさん。名前はジローさん。
ジローさんはいつもお洒落なハンチングをかぶっていて、英国紳士みたいなジャケットに鮮やかな色のマフラーや襟巻きを首に掛けている。
いつみてもズボンはきれいにプレスされていて、黒いケースに入ったバイオリンを持っている。
「こうやって見ると、やっぱり学生さんだな」
ジローさんが、まだセーラー服から着替えていないわたしを見ていった。
「葵は今時の顔じゃないから、セーラー服がよく似合うんだ」
トミーさんが、まるで自分の娘か孫のことを自慢するように、ジローさんに言う。
「今時の顔じゃないって、それ誉め言葉になってないです」
トミーさんに一応、釘をさしておく。
わたしはジローさんに「いらっしゃいませ、こんにちは」とだけ言ってから、奥の小部屋で白いシャツと黒のパンツ、黒のエプロンに着替えた。
やっぱり、ここに来るとほっとする。



