「そんな風には見えないけど」
彼はいった。失礼な人だ。はやくトミーさんが戻って来てくれたら良いのに。
「あの、お客さま」
「シュウでいいよ」
「お客さんを呼び捨てなんて、出来ません」
「どうして?ぼくがそう呼んで欲しいんだから、いいじゃない」
「はあ」
「これ、美味しいね。初めて飲んだ」
彼と話が噛み合っていないような気がする。しかも、ココアを飲んだことがないなんて、いったいこの人はどんな人生を歩んで来たのだろうか。
「あの、お客さ…」
「シュウでいいって言ってるだろ」
「あの、シュウ、さん…って、このご近所の方ですか」
恐る恐る聞いてみる。このご近所の人ならきっと、トミーさんの知り合いか、もしくはその息子かお孫さんのはずだ。それなら、怪しい勧誘をされたり壺を売り付けられる心配は、とりあえず無くなる。
変な人であることにはかわりはないけれど。
「うん、そうだな、近いといえば近い。そこの川沿いを、もっとずっと行ったところ」
彼は答えた。嘘をついているようには見えない。それに、その辺りなら、わたしの家の近所かもしれない。
「じゃあ、ご近所ですね。何丁目ですか」
彼の目を見る。彼が嘘をついていないかどうか確かめてやろうと質問を重ねるわたしは、まるで二時間ドラマの女刑事になったような気分だった。
嘘をついているのなら、このあたりでボロが出てきてもいいはずだ。
「6丁目、だったかな」
彼は答える。
ビンゴ。6丁目なら、わたしと同じだ。同じ町内なら、この人が本当に住んでいるのか確かめる術はいくらでもある。でも自分の住所をうろ覚えなんて、そんなことってあるだろうか。
「…ごめん、ぼく、長く入院していたから、住所はちゃんと覚えていなくて。それに、この街で生まれ育った訳でもないから」
彼は申し訳なさそうに言った。
これは、ボロが出てしまったことに対する言い訳か。それとも、本当に退院してきたばかりなのだろうか。
彼の目を見る限り、やっぱり嘘をついているようには見えない。
それに、この白過ぎる肌も、入院生活が長かったのなら納得がいく。わたしの心は、彼を信じることに決めた。
と同時に、彼が可哀想に見えてくる。
申し訳ないことをしているのはこっちだ。勝手に彼を疑って、聞き込み調査みたいなことをして。



