「え、そうなの」
と彼はいった。
そりゃそうなるだろう。喫茶店に来てコーヒーが飲めないなんて。
「すみません。やっぱり、店長に連絡します」
わたしは心の底から申し訳なく思ってそう言った。
店の電話に手をかけたそのとき、その人が「あっ」と声を上げた。
「えっ」
彼の、茶色がかった綺麗な目が大きく見開いている。
「あの、電話はいいよ。そのかわり、そこにある、それを下さい。すごく美味しそうだから」
彼が指差していたのは、さっきちょうど彼が来る前に、わたしが作って飲もうとしていたココアだった。
「あのこれ、ココアですけど…」
「うん、良いよ。すごくいい匂いだし、温かそうで美味しそうだし」
彼は笑っている。なんだかすごく、優しそうな人だ。
トミーさんを呼んでも良いけれど、出掛けてしまったトミーさんをすぐに呼び戻すのも悪い気がする。
それにまず、この人にはなにかを飲んで暖まってもらわないといけないといけないような気がした。なんだか少し寒そうな、顔色があまり良くないようにみえるのは、彼の肌が白すぎるからなのかもしれないけれど。
「じゃあ、すぐにご用意します」
「ああ、お願いします」
トミーさんがわたしのために買ってきてくれていた、フランスかどこかの純チョコレートのカカオパウダーは、たしかにとってもいい香りがする。小鍋であたためた牛乳をまず少しだけ入れて、チョコレートを練る。それから、お砂糖を少しと温かい牛乳をさらに足して混ぜると、ミルクココアの出来上がり。
これも、トミーさんが最初に作ってくれたのを真似しただけ。
「お待たせしました」
マグカップに作ったココアを彼の目の前に置いた。
マグカップからは、湯気が立ち上っている。
「いい匂いだ。いただきます」
彼はにこりと嬉しそうに笑って、マグカップに口を付けた。
「美味しい」
彼の口から出た言葉にほっとする。
「きみも飲んだら」
彼はわたしが飲みかけていたカップのココアを指差して言った。
「冷めちゃうだろ」
やっぱり優しそうな人だ。上品で、落ち着いていて、ちょっと大人で。
少なくともうちの学校には、こんな雰囲気の男の人は一人もいない。
わたしは思わず、茜に群がるクラスメイトの男子たちの姿と目の前の彼を比較した。



