トミーさんのいなくなった店は、まるで中身のないクリームパンみたいに寂しくなる。
木の酒樽も、艶々の古い木の床も、アンティークのテーブルセットもグランドピアノも壁に掛けてある古い振り子時計もなにもかも、カウンターにトミーさんがいるからこそ、そこにしっくりとおさまるような気がする。
主人のいなくなった店は、こんな高校生に任せられてさぞかし不安に思っているだろう。なにもかもが素敵に見えるのは、そこにトミーさんがいるからだ。
カウンターテーブルを磨き、柔らかい乾いた布でグランドピアノの細かい埃を拭き取って、床も、ぴかぴかに掃除して、レコードはジャズからクラシックに変えてみた。
気分転換に、小鍋に牛乳を注いでトミーさんがわたしの為に用意してくれたミルクココアをいれてみる。甘くていい匂い。
やっぱり暇だし、明後日提出の課題でもしようか、と思ったときだった。
カランコロン、と聞こえる天使の笑い声。
「いらっしゃいませ」
お客さんはほとんど来ない。来るお客さんはいつも決まっている。
お屋敷のおばあさんか、トミーさんの音楽仲間のおじいさんのどっちだろう。そう思いながら顔を上げた。
わたしの予想はどちらも外れ。
入り口に立っていたのは、若い男の人だった。
年齢はたぶん、わたしより少し年上なくらい。二十歳になっているかいないか、多分それくらいだろうか。
白いシャツに編み目の荒いグレーのセーターを重ねて着て、革の靴を履いている。なんとなく、お上品な感じのする人だ。
どちらかというと色白で、すっきりとした整った顔立ちはやっぱり、お坊ちゃんというか好青年というか、そんな感じ。
きっと、このあたりのお屋敷のどこかに住んでいるのだろう。



