母親だった、だった、というところに引っ掛かる。
ブランカ。やっぱり、トミーさんは純日本人ではなかったんだ。それが解っただけでもわたしにとっては収穫だった。
これ以上聞いていいのかはわからない。わからないけれど、もし聞いて、トミーさんを少しでも悲しませたり傷つけたりするのは絶対に嫌だ。
「そうなんですね」
迷った挙げ句、いちばん無難な相槌を打ったわたしは、その間抜けな響きにとんでもなく後悔することになった。
「少し、出掛けて来ていいかな。すぐに戻る」
トミーさんがスツールから立ち上がる。トミーさんが営業中に出掛けることは珍しいことじゃない。わたしはきっと、そのために雇われたのだと最近気がついた。
だけど、このタイミング。わたしが変なことを聞いてしまったからかもしれないと思うと、胸が痛くなる。トミーさん、ごめんなさい。心の中で謝るけれど、口には出さなかった。たぶん、トミーさんは、こういうときに謝られるのは好きじゃないと思ったから。
「解りました」
「ありがとう、葵」
トミーさんが何も持たずに店を出ていく。
わたしは、トミーさんに葵、と呼ばれることが心地よかった。こんなことで、ありがとうと言ってもらえるなんてなんだか嬉しい。時給千円ももらっているっていうのに。
「トミーさん、いってらっしゃい」
白髪を束ねた後ろ姿を、カランコロン、という天使の笑い声とともに見送った。



