シャルが出ていった後の執務室で、ルイスは一人つぶやくのだった。
「あなたは以前、王子であることに嫌気がさすとおっしゃっていましたが、私からしたら、あなたのお立場が羨ましいですよ、シャル様……。それに、あいな様のことで私に嫉妬心を抱くなど無意味なこと。私など、あなたのライバルになる権利すらないのですから。なりたくても、ね……」
午後の静かな時間が流れるエトリアの泉。
急な呼び出しを受けたシャルが執務室に戻ったことで、あいなはひとり庭園をぶらついていた。
「まさか、シャルがあんなにロマンチックな恋愛初心者だったなんてなぁ……」
エトリアの泉に自分の姿を映した者は、最良の伴侶と出会えるという言い伝え。確証などないのに、シャルはあいなと出会えたことによってその伝承を信じていた。
これまでの彼の行いを見るとそれがとても意外なことに思え、あいなは非常に驚いていた。
(占いとかおまじないの類に興味関心がある私ならともかく、あいつが言い伝え……しかもそういう系の伝承を真に受けるなんて……。こっちは、何でああも熱心に結婚を迫られてるのかイマイチ分かってないのに)
時折庭仕事をしているメイド達に不審がられないよう、極力ひとりごとを我慢し心の中でつぶやいていると、強い風が吹き、庭に咲いていた無数の花の花びらがいくつか空に舞った。反射的に目をつむると、
「強い風だね、大丈夫?」
背後から男の人の声がした。それは、聞き慣れたシャルやルイスのものではない、しかし、彼らと同年代の男性と思われる若い声だった。

