どうやら彼女は、天才らしい。

難しい漢字も、難しい公式も、マニアックな歴史も何もかも知っていた。

そして、昨日の僕の適当な学校案内さえ、完璧に頭に入っていた。

僕が言った説明さえ覚えているのだから、大したものだ。

『この世に完璧な人などいない』

そんな言葉を言ったのはどこの誰だろうか。

間違いを犯した人間に対する慰めのような言葉だと、何時も思っていた。

しかし、この常識さえも彼女は覆してしまった。

彼女は、完璧だ。何もかもを完璧にこなす。

見ていて、それは気持ちが悪いほどに。

彼女は昔から記憶力が良かったそうだ。

それにしても…と言いたい所ではあるが、それも個人によって異なる事なのだろう。

先生も「優秀すぎる」と褒めていた。

それも学校でいつも怖い顔をして、四六時中怒っていると噂の先生から。

「でも、頭がいいって余りいいことではないと思う。」
と彼女は唐突に言ってきた。

「なんで?」

「……小学生の頃ね、豊臣秀吉の事が大好きな女の子が居たの。」
と彼女の昔話が始まった。僕はその昔話に、ただただ耳を傾けた。

「歴史が大好きな女の子でね、私もその女の子と歴史の話をするのが大好きだったんだぁ。

でね、授業で豊臣秀吉が出てきた次の休み時間に、話してたの…

女の子はね、豊臣秀吉の奥さんのねねになりたいって言ってたんだ。

だから私がね、でも豊臣秀吉はねねよりも、織田信長の妹の娘、お市の事が大好きだったんだよねって言っちゃったの。

その後も私、自分が知ってる豊臣秀吉の事全部喋っちゃったの。

織田信長には猿って呼ばれてたとか、今の朝鮮に攻めていたとか…そんな事。

そうしたらその女の子、泣き出しちゃったんだ。

まぁ、高校生になったらそんな事で?って思うかもしれないけど…

まだ小学生だったし、何より女の子にとっては、憧れていた人の事を貶されているみたいで、嫌だったんだよ思う。

あの子には、本当に酷いことしたなって今でも思ってるんだ。」
と彼女の昔話は終わった。

僕としては、小学生でねねやお市、はたまた豊臣秀吉が最後には朝鮮を攻めていたなんて知っている事に驚いた。

「その子とはそれっきり話せなくなっちゃったんだ。」
と目尻に雫を付けた彼女は少し寂しそうに、言った。

「あんまりいいことじゃないでしょ?」
と笑っている彼女。そんな彼女が何故だか小さく見えた。

僕は彼女を抱き寄せた。

段々と小さくなる彼女を見て、怖くなった。

このまま、彼女が消えてしまうなんて馬鹿な事を思ってしまった。

離したくないと思った。今、僕の腕の中の温もりを。