「君達のことは気づいてたんだけどね… 随分時間かかってたから、心配してたんだよね」
翌朝、私達の報告を聞いた部長は、ニヤリと笑ってそう言った。
「実は、もう一つご報告が…」と悠真が切り出すと…
「ああ… 昔話していた独立の話? まあ、二人に抜けられるのは正直痛いけど、うちが今まで断ってきた仕事を加瀬くんのとこに紹介できるのは助かるしね。いいんじゃな~い? 期待してますよ」と、笑いながら去って行ったのだった。
「敵わないよな… あの人には」
そう漏らした悠真に私もコクリと頷いた。
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「悠真」
二人きりの資料室で、私は悠真に抱きついた。
ムスクの香りにフワッと包まれ、思わず私は目を閉じた。
この香りに弱いんだよなあ…
大好きな悠真の匂いだ。
暫く悠真の胸に甘えていると、
「沙耶…」
悠真は優しく私の名を呼び、ゆっくりと顔を近づけてきた。
「ん…」
そっと触れた悠真の唇から甘い刺激が伝わってきた。
「んっ… ん」
キスがだんだん深くなると、悠真は私のブラウスのボタンに手をかけた。
「あっ、ダメ」
私は悠真の手を掴んで、ブンブンと首を振った。
「ダメなんだ?」
「ダメです… 私達、資料を取りに来ただけですから… ちゃんと仕事してくださいね。加瀬さん」
クスッと笑ってそう言うと…
「よく言うよなあ… 俺のこと散々煽っておいて… 帰ったら覚えとけよ?」
悠真は拗ねたように言いながら、私のおでこにキスをした。
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資料室を出てエレベーターに乗り込むと…
途中から、先輩社員の越野さんと新人の松川くんが乗ってきた。
「お! 噂の加瀬くんじゃん」
越野さんはからかうように声を上げた。
「え… もう聞いたんですか?」
「おー 聞いた聞いた~」
悠真の言葉に愉快そうに頷く越野さん。
「ったく、あの人どんだけお喋りなんだよ… 早過ぎだろ」
悠真はため息をつきながらそう呟いた。
確かにタイミングが早過ぎる。
会社を辞めるまで、まだ2、3ヶ月もあるのに…
できれば婚約のことはまだバラさないで欲しかった。
部長を恨めしく思っていると…
越野さんがとんでもないことを言い出した。
「いや~俺、お腹抱えて笑っちゃったよ。おまえがゲイだっていう噂を聞いた時はさ…」
「は? 俺がゲイ!?」
悠真は目を丸くしながら声を上げた。
「え? 噂流れてるの知らねーの? 松川教えてやれよ」
越野さんは松川くんを腕で突きながらそう言った。
「あー はい… とても言いにくいんですけど、先週の同期会で同期の女の子達が騒いでたんです。加瀬さんは格好いいけどゲイなのが残念だって…」
「何だ、そりゃ…」
悠真は眉間にシワを寄せながら暫く考え込んだ。
マズい!
非常にマズい!
「あ、あのね、悠真、これにはちょっとした訳があってね」
隣であたふたしていると、悠真は私に視線を向けてこう言った。
「あー なるとほね。沙耶の仕業か」
そして次の瞬間、悠真は勢いよく私の唇をキスで塞いだ。
「ちょっ… んっ」
しっかりと後頭部を押さえられ、全く抵抗出来ない。
越野さんも松川くんも呆気にとられて固まっていた。
暫くして、エレベーターのドアが開くと悠真はようやく私から唇を離した。
「じゃあ、松川くん、そういうことだから、皆なへの訂正宜しく頼むな」
悠真はにっこり笑ってそう言うと、私の腕を掴んでエレベーターを降りて行った。
「もう、悠真! 何するの? 恥ずかしいじゃない!」
廊下を歩きながら文句を言うと、
「恥ずかしさでいったら俺のが上だろ?」
そう言って、ジロリと睨まれてしまった。
「うっ… ごめんなさい」
確かに私が悪い…
「まあ、いいや… 沙耶が俺の言うこを一つ叶えてくれたら許してやるよ」
「え? なになに?」
「今夜さ… あれつけてよ」
「あれ?」
「ほら、誕生日プレゼントに沙耶の友達がくれたエロい下着」
「あー あれね… うん 別にいいけど」
「え! マジで!?」
ピタッと足を止め、驚いた顔で私を見る悠真。
「え… う、うん いいよ」
確かに彩からプレゼントされた下着は、透け透けだし布の面積もやたらと少なくて、つけるのには勇気がいるのだけど…
貰った時に悠真が凄く嬉しそうにしていたから、頑張ろうとは思っていたのだ。
「マジかよ… よし、沙耶!今日は仕事早く切り上げて定時で帰るぞ!」
「え? でも、まだアポ3件も残ってるよ…」
「そんなの、ちゃちゃと終わらすぞ!」
途端に張り切り出した悠真が、ちょっと可愛く思えて思わずクスッと笑ってしまった。



