「嘘って…」

「さっき、会社に来た女の人だれ?」

そう呟くと、悠真はハッとした顔で私を見た。
何のことだか分かったようだ。

「ごめん 確かに嘘ついた… でも、あれは、──」

「酷いよ…悠真。どうして嘘なんてつくの? 昨日だって、私に黙ってあの人と会ってたんでしょ? あの人と浮気でもしているの?」   

涙がポロポロと落ちていく。
すると、隣の席にきた悠真がギュッと私を抱きしめた。

「沙耶、ごめん… 泣かしてごめんな。でも、疾しいことなんて何もないから…ちゃんと俺の話し聞いてくれる?」

私が黙って頷くと、悠真は少しホッとした表情で話しを始めた。

「あの人は大学時代の先輩の奥さんで、本間さんっていう司法書士の先生だよ。昨日は会社の立ち上げのことで、ちょっと相談に乗って貰ってて」

「立ち上げ…て」

「うん。実は俺、会社辞めて独立しようと思ってる。結構前から考えてたことなんだけど、去年沙耶から結婚できない理由を聞かされて決心したんだよ。あれから一年かけてようやく目処もついて、沙耶には今日話すつもりだった」

「そっか… そういうことだったんだ」

そう言えば、コンビを組み始めたばかりの頃、悠真がこぼしていた事があった。

『今の会社は法人や富裕層の顧客が優先だから、どうしても赤字経営の小さな店は疎かになるんだよな。そういう店こそ、しっかりサポートしてあげたいんだけど… やっぱりやりたいよに仕事するには、自分で会社作んないとダメかもな…』と。

その時、私はこう言った記憶がある。

『じゃあ、もし、加瀬さんが会社作ったら私も雇って下さいね。赤字経営の小さなお店のサポート、私も加瀬さんと一緒にやってみたいです。』

なんて、私の場合は半分以上下心だったのだけど…

あれから5年…
悠真はちゃんと考えていたんだ。

「沙耶… 俺についてくる気ある? 仕事もプライベートも…」

真剣な顔で悠真が言った。

「あるに決まってるよ…」

私が照れながら答えると、悠真はホッとした顔で笑った。

「じゃあ、結婚しような」

「うん!」

「沙耶… 左手出して」

「あ… うん」

悠真はジャケットから婚約指輪を出して、私の薬指に嵌めてくれた。

「実はさ、沙耶の26歳の誕生日にプロポーズをやり直そうと思って、密かに色々と準備してたんだよ。その指輪の刻印も、今日の日付になってるだろ? また、入れ直ししてもらったんだよ」

「え…」

私は指輪を外して刻印を確かめた。