***

「なあ、沙耶… ちょっと真面目な話してもいい?」

夕食を済ませ、リビングのソファーでくつろいでいると、突然、悠真がそう言った。

「う、うん… 何?」

何を言われるのかは何となく想像はついた。

「俺達さ… そろそろ結婚しないか? コソコソ付き合うのはもう終わりにしたい」

やっぱり…。

二年前、悠真からプロポーズされた時は、すぐにでも結婚したいと思っていた。

でも、プロポーズに浮かれていた私に、お局の先輩がこんなことを言ってきた。

『高本さん、おめでとう。その指輪、婚約指輪でしょ?私ね、高本さんも、てっきり加瀬くんのことが好きなんだと思ってたんだけど… でも、違ったのね』と

ちゃんと悠真のことを話そうとはしたのだけど、タイミングを逃し、結局そのまま彼女の話を黙って聞いていた。

『加瀬くんと組んだ子はね、皆な彼を好きになっちゃうのよ。彼氏と上手くいってた子でさえ、別れて彼を追いかけちゃうくらいだから』

そして、もっと衝撃的なことも…

『中には、露出の多い服で誘惑したり、酔ったフリしてホテルに誘ったりする子まで出てきてね。まあ、そういう子達はすぐに担当変えられちゃってたけどね。坂口さんみたいに…』

マズいと思った。
結婚したらコンビは変えられ、悠真は再び他の人と組むことになる…
そんなの、とても身が持たないと思った。

だから、私は悠真にこう言った。
『結婚はまだ待って欲しい』と…。

勿論、悠真は私に理由を訊いてきた。
でも、悠真を信用していないようで、どうしても本当の理由は言えなかった。

『結婚したら、コンビを変えられちゃうでしょ? そうしたら、担当先の店で夜に外食してくるタイミングだって違くなっちゃうよね? 私は、悠真さんが家に帰れる日くらい、ちゃんと手料理作ってあげたいの… だから、今まで通り一緒のコンビでいたい』

その理由も嘘ではないし、悠真も納得してくれたのだ。

『まあ、そうだよな… 俺と組んでれば、沙耶の仕事も少しは調節してあげれるしな。まあ、コンビだってどうせ一年もしたら変えられちゃう訳だし、それまではこのままでいくか』と言って…

だから、私達は暫くの間、婚約はおろか付き合っていることさえも秘密にすることに決めた。

そして、周りには、私の婚約者は急遽海外転勤になってしまったと嘘をついた。

けれど、二年経った今でも、私は悠真のアシスタントのままで…
私には好都合だったけれど、悠真の方は不満を漏らすようになってきた。

今日のエレベーターの時のように、あからさまに約束を破ってきたりとか…。

約束というのは、バレないようにするために決めた、ちょっとした二人のルールなのだけど…

その一、会社では二人きりの時でも名前で呼び合わない。
その二、会社では二人きりの場所でも体に触れない。
その三、近所でもなるべく二人では外出しない。
その四、二人で出かける時は現地まで別行動。

と、こんな感じだ。
殆ど私が考えたものだけど…

「芸能人じゃあるまいし… もうバレたっていいだろ?それに結婚すれば、夜は俺に気を遣って、沙耶を引っ張り回わす奴なんていないよ… もともとそんなの就業時間外なんだから。っていうか俺がさせないよ…」

悠真が真剣な表情で私に言った。

「でも… やっぱり、まだ待って欲しい」

私がそう呟くと、悠真は大きなため息をついた。

「結婚したくないのって… ホントはどんな理由?」

「………」

くだらないヤキモチだから、やっぱり言いいたくない。

「言えないの? っていうか、俺と結婚したくない?」

「違う!」

「じゃあ、言えよ」

「………」

「もういいよ…」

悠真はついにキレて、リビングを出て行ってしまった。