『加瀬さん、大丈夫ですか?』

雪乃が帰った後、沙耶から連絡がきた。

「いや、俺のことより、そっちは大丈夫なのか?」

朝からずっと気がかりだった。
俺が休んでいる間の沙耶のフォロー、部長には頼んでおいたけれど…

『大丈夫です。加瀬さんが休んでいる間は中岡さんが一緒に回ってくれるそうなので… それに、結城さんの後任の人も来て、坂口さんと一緒に引き継いでくれましたから』

「ん? 結城の後任? 坂口?」

思わず俺が聞き返すと、沙耶は少し声のトーンを落としてこう説明した。

『はい 実は今日、結城さんの後任に田辺さんっていう人が来たんです… ホントは私と組む筈だったみたいですけど、坂口さんがアシスタントに立候補したんですよ。ここだけの話、どうやら坂口さんと組んでた長谷部さんに彼女ができちゃったらしくって…』

「あー なるほどな。にしても、あいつは職場を何だと思ってんだか…」

元教育係としては、坂口の舐めた態度を叱りつけてやりたいところだけと…

『でも、おかげで、私は加瀬さんと正式にコンビを組めることになりましたよ~』

嬉しそうに沙耶が言う。

まあ、今回ばかりは多めにみてやるか。
沙耶を他の男と組ませずに済んだ訳だしな…

と、そんなことを考えていると、
沙耶が突然、話題を変えた。

『そう言えば、雪乃さんから連絡ってありましたか? もしかして家に来たりしました?』

「え? あー さっき、お金届けにきたよ… よく分かったな」

『何となくです。もともと月曜日にお金返すって言ってたし… 私がいないって分かればお昼とか作りに来るんじゃないかなって… 前にも加瀬さんが熱出した時、そうだったから…』

沙耶が不安げな声で、物凄く鋭いことを言ってきた。

そうだよな…
思えば雪乃のことで、沙耶には随分我慢させてたんだよな。

“何があっても加瀬さんを信じますから”

そんな沙耶の言葉に甘えて、俺は気づかぬうちに沙耶を苦しめてしまった。ちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないことだってあるのにな…

「彼女ならすぐに帰したよ。店も長谷部に引き継いだし、彼女とはもう二度と会うつもりないから。今まで辛い思いさせてごめんな」

『加瀬さん…』

「沙耶… 愛してる」

すると…

「わ、私も、悠真さんのこと…愛してますから」

モゴモゴと照れながら沙耶が言った。

「ごめん 沙耶、よく聞こえなかった… もう一回言って」

なんて…
本当はバッチリ聞こえていたけれど…

「えっ… もう無理ですっ」

「じゃあ、名前のとこだけでいいから」

「名前って… も~ 聞こえてたんじゃないですか~!」

「ははっ バレたか…」

「私、もうお昼行くのでそろそろ切りますけど、帰ったら悠真さんの好きなハンバーグ作りますね。」

沙耶はそう言って電話を切った。
これ、多分電話じゃなかったら、骨のことなんか忘れて沙耶を思い切り抱きしめてただろうな…

しかも名前呼ばれただけで、こんなに浮かれちゃうなんて…
全く、俺は中学生かよ

そんな突っ込みを自分に入れながら、俺はテーブルの上のサンドイッチに手を伸ばした。