隼太くんと別れて、自分の部屋に帰ってきた。

鏡の前に立つと、首筋には隼太くんが付けた痕がくっきりと残っていた。

こんなの、すぐに気づかれちゃうんだろうな…
思わずため息が漏れた。

雪乃さんも、こんな辛い思いをしてたのかな…

そんなことを考えていたら…
ふと、結城さんが教えてくれた人物の顔が浮かんできた。

そうだった…
落ち込んでいる暇などない。

私は携帯を出して電話をかけた。

『もしもし、アクラスの高本ですが… 実はお話ししたい事がありまして、明日の夜、お時間取って頂けますか?』

そう、明日の夜は、仕事がオフの隼太くんと一緒に彼のところに行くつもりでいた。
彼か犯人かどうかを確かめる為に…

けれど…
彼からは想定外の返事が返ってきた。

『あー 高本さん… 実はこちらもあなたに連絡しようと思ってたんですよ。あなたに見てもらいたいものがありましてね… ほっといたら大変なことになると思いますよ』

そして、今すぐにこいと言われてしまった。

どうしよう…
隼太くんには一人では動くなと言われているけれど…
あんな言い方をされたら気になってしまう。
要件だけでも、聞きに行ってみようかな…

とりあえず、隼太くんにはメールだけ入れて家を出た。


***

夜の8時…
私がタクシーで向かった先は、あの『サクラガーデン』だった。

「早かったですね…」

出迎えてくれた春樹さんがニコリと笑う。

「あの、ほっといたら大変なものって… 一体何でしょうか?」

「ああ… そうでしたね ちょっとこちらに来てもらえますか?」

春樹さんはそう言って、玄関ホールから階段を上がって行った。私も慌てて後に続いた。

「あそこの窓際の席です」

春樹さんは、吹き抜けになっている二階の廊下から下の客席を見下ろしながらそう言った。

「あ… 加瀬さん」

そう…
窓際のテーブル席では、加瀬さんとドレスアップした雪乃さんが二人で楽しそうに食事をしていた。

今日、急用が出来たと、先にメールで断ったのは私の方だったけれど…

雪乃さんとこうして黙って会われるのは、やっぱり複雑だ。一応、まだ彼女だし…
ちょっとふて腐れていると、春樹さんが口を開いた。

「あの二人… 今日はプライベートできたそうですよ。雪乃の店が決まったお祝いだとかなんとか… どうして、高本さん仲間外れなんでしょうね… 加瀬さんも自分の彼女放って何考えてるんでしょうか。全く理解できませんよ」

二人を睨みつける春樹さんを見て、結城さんの言葉が浮かんできた。

『とにかく雪乃と加瀬のこと、凄い目で睨みつけてたよ』
『僕が見たのは二年前の話だけどね、きっとそいつだと思うよ…』
『一枚だけ写メ取ってあるけどね…』

そう…
若干ストーカー気味の結城さんが見かけた、本物のストーカー男の正体とは、春樹さんのことだったのだ。

結城さんも、まさか彼がサクラガーデンの関係者で雪乃さんの従兄弟だということまでは気づかなかったようだけど…。