「隼太くん 今日は付き合わせちゃってごめんね… 時間大丈夫?」

隼太くんは私を自宅まで送り届けてくれたけど…
夕方から仕事だってあるのに心配になる。

「平気だよ… 今日は店に出る訳じゃなねーしな。それより、おまえは勝手に一人で動くなよ。危ねーから…」

「うん… 分かってる。それじゃね」

助手席のドアを開けようとした瞬間、隼太くんに腕を掴まれた。

「え?」

「あのさ、沙耶」

「何?」

「おまえ… 彼氏に酷いフリ方してやるんだって言ってただろ? それって、具体的にどうするつもりなんだ?」

「え?」

急に真剣な顔をして何かと思えば、隼太くんはそんなことを聞いてきた。

「別にまだ何も決めてないよ… でも、そうだね、二股にでもかけてたことにしようかな」

なんて…
自分で言っていて切なくなった。
でも確かに、そろそろ別れる準備だって進めないといけないのだ。

「じゃあ、俺と浮気してたことにしろよ 俺が協力してやるから… ほら、おまえ一人じゃ嘘っぽくなるだろ?」

「隼太くん…」

「まず、この指輪は俺が預かっておくよ…」

「え…」

私の右手の薬指から、加瀬さんに貰った指輪がスッと抜かれた。

「それと… 今日から俺がおまえの首筋にキスマークつけてやる 彼氏が気づくまで何度も繰り返しつけてやるからな」

「え!? いや、いいよ! そこまでしなくていいから」

私はブルブルと首を振った。

「でも、おまえがそこまでしなきゃ、きっと別れらんねーよ? そしたら、彼氏は心で他の女を想いながら、ズルズルおまえと付き合ってくんだろうな。それでもいいなら別にいいけど…」

そんなの…
いい訳ないじゃない!
それじゃ、誰も幸せになんてなれないんだから…。

私がそう思うと分かっていて言うのだから、隼太くんも意地悪だ。

「はいはい 分かりました… 分かったから早くつけて」

私は観念したようにそう言うと、隼太くんの方にゆっくりと体を向けた。

すると…

「沙耶」

隼太くんは私の手を引いて、グイッと私を引き寄せた。

「ねえ、こんなに密着する必要ってあるのかな…」

「雰囲気も大事だろ? いいから黙ってろよ」

「とにかく、早くしてってば」

いつまでも抱きしめてくる隼太くんに痺れを切らしてそう言うと、首筋に柔らかいものが触れた。

そして次の瞬間、私の体がビクッと跳ねた。
隼太くんが私の首筋を吸い上げたからだ。

「ん…」

チクリとした痛みと共に、涙が静かに流れ落ちた。  
自分でもよく分からないけど、心が凄く痛かった。

「泣くなよ 沙耶…」

耳元で切ない声が聞こえた。

「うん… ごめん」

それから暫くの間、隼太くんは私を抱きしめたまま、離さなかった。