「じゃあさ… 沙耶から質問してきなよ。」

ベッドの中で、加瀬さんが言った。

「え… 私から?」

「沙耶の知りたいことだけ答えるから…」

これは、加瀬さんなりの配慮なのだろう…

「分かりました。じゃあ」

「うん…」

緊張する私に、加瀬さんが柔らかく微笑んだ。

「雪乃さんって、加瀬さんや結城さんとは、どういう関係だったんですか?」

「雪乃は、昔、結城が担当してた店のパティシエ見習いだった子だよ。結城はすぐ異動になったから、その後はずっと俺が担当だったけど」

「加瀬さんとは、付き合ってたんですよね?」

私の言葉に、加瀬さんは静かに頷いた。

「新メニューのデザート企画を手伝って貰ったのがキッカケで、一年半くらい付き合ったかな… 二年前に別れたけど」

「そうだったんですか…」

ちょっと胸がズキンとした。

「どうして…… 別れちゃったんですか?」

恐る恐る聞いてみた。

「あー 雪乃がさ、パティシエの勉強の為にフランスに行くって言い出して… ずっと戻って来ないかもしれないから、別れて欲しいって、呆気なくフラレたんだよ」

「加瀬さんはそれで良かったんですか?」

「え? ああ、まあ、当時は良くなかったけど… もう過去のことだし… 俺には可愛い沙耶がいるし」

私の頭を撫でながら、加瀬さんが明るく笑う。

「でも」

「ん?」

「いえ… 何でもないです」

心の奥底に、まだ雪乃さんがいるんじないですか?

呑み込んだ言葉を心の中で呟いた。

さっきキッチンで夕食の洗い物を手伝った時に、棚の奥にしまわれたお菓子の調理器具を見つけてしまったから…

いつまでも捨てられないでいるのは…
雪乃さんへの未練のような気がして…

「加瀬さん…」

「ん?」

「好きです…」

思い切り、加瀬さんの胸にしがみついた。

「沙耶? いきなりどうした」

クスクスと笑いながら、私を抱きしめる加瀬さん。

「もう、雪乃のことはいいのか?」

「はい もう十分です。過去のことですから…」

私は自分に言い聞かせるように、そう言った。