私が務めるアクラスは、飲食店のコンサルタント業務をメインとする会社だ。

レストランやカフェなどをプロデュースしたり、売り上げの伸びない店舗に出向いて改善策を提案したり、スタッフへの研修を代行したりと…

とにかく、顧客の要望に応じて幅広いサービスを提供している。


「沙耶ちゃん お昼はライバル店の偵察ね…」

結城さんの営業車で向かったのは、とてもお洒落なフレンチレストランだった。

「ここですか?」

「うん 今度うちがプロデュースするアルピーノがワンブロック先にあるんだよね」

「なるほど…」

「じゃあ、俺達は恋人同士っていう設定かな」

「要りませんよね… そんな設定」

私は容赦なく、結城さんに冷ややかな目を向けた。

「ハハ 沙耶ちゃんはいつもツンばっかだな… たまにはデレてよ」

「デレ方知りませんし…」

「でも、女の子は可愛くデレといた方が得だよ。男なんて単純だからさ… 甘えられたいんだよ」

そんなことは、言われなくても分かってる。
でも、私にはできなかったのだ。

本当はあの日、言いたかったのに…
加瀬さんと離れたくないって伝えたかったのに…

私はずっとこれからも
可愛い女にはなれないのだろう。

「まあ、俺は… 無理して強がってる子も好きだけどね さっ 行こっか」

私はコクリと頷いて、営業車を降りた。


**

「いらっしゃいませ… どうぞこちらに」

案内された席には、真っ赤なバラが飾られていた。
ちょうど、ピアノとバイオリンの演奏も始まったところだった。

「なんか、随分カップル多いですね…」

「雑誌のデート特集にも取り上げられてたからね」

「そうなんですか… あっ メニューの写真撮りますね」

携帯を取り出し、怪しまれないようにシャッターを切る。

「仕事は忘れていいよ… デートのつもりで誘ったから」

「えっ」

「俺ね 沙耶ちゃんのこと、狙うことにしたから」

「は? そういう冗談はやめて下さいって」

全くもう…
この人には困ったもんだ。
私が本気にしたら、どうするつもりなのだろう…

「冗談かどうか、今夜、確かめてみる?」

「もういいから仕事して下さい!」

「ハハ 手厳しいね…」

愉快そうに笑う結城さんを、私はキッと睨みつけた。