翌朝、出勤すると、加瀬さんと坂口さんの姿が見あたらなかった。

二人して遅刻だなんて…
やっぱり、あの後二人は…
嫌な想像が頭に浮かび、胃がキュッと痛み出した。

「おはよう 沙耶ちゃん… 加瀬ならさっき坂口さんを連れて出て行ったよ」

「え…」

振り向くと、結城さんがすぐ後ろに立って私を見つめていた。

「加瀬のこと探してたんでしょ?」

「い いえ 別にそんなことは… あっ ちょっと探しものがあるので資料室に行ってきますね」

私は逃げるように営業室を出た。


**


資料室のドアに手を掛けると、ドアの隙間から加瀬さんと坂口さんの姿が見えた。

あ…
ここにいたんだ…

それにしても、二人きりで資料室なんて…
まさか、キスでもするつもりなんじゃ…

胸がズキンと痛み出し、慌てて閉めようとしたその瞬間、中から怒っている加瀬さんの声が聞こえてきた。

「おまえさ、昨日は仕事の飲みだって分かってた筈だよなあ? あんな飲み方してどういうつもりだよ… いくら新人だからって自覚なさ過ぎなんじゃねーの?」

厳しい口調の加瀬さんに、坂口さんの方は黙って俯いていた。

ここでこんな話をしているってことは、昨夜は一緒じゃなかったんだ…

ちょっとホッとしていると、再び加瀬さんが声を張り上げた。

「高本を連れて行ったのがそんなに気に入らなかったか? 社長が自分より高本を信頼してて悔しかったかよ… でも、それは仕方ないことだろ? 高本は半年近く『サクラガーデン』に関わってきたんだから… それくらい理解できるよな?」

「違います… そんなことじゃないんです」

ようやく坂口さんが口を開いた。

「じゃあ、何なんだよ…」

すると、坂口さんは加瀬さんの顔を見上げてこう言った。

「加瀬さんが…高本さんばかりでちっとも私を見てくれないからです! 私は加瀬さんのことが好きなのに… 本気なのに…」

しばしの沈黙の後、加瀬さんはため息交じりに呟いた。

「そういう話か… なら、いくら言っても無駄だよな」

「加瀬さん、私」

「ごめん… 悪いけどおまえの気持ちには応えられない」

「嫌です! そんなこと言わないで下さい! 少しでいいから振り向いて下さい! 諦めるなんてできません!」
 
坂口さんは泣きながら、加瀬さんの胸にしがみついた。

「坂口… おまえ、しばらく俺の担当から外れろ」

加瀬さんが坂口さんの体を引き離しながらそう言った。

「そんな…」

「仕方ないだろ 仕事にも支障が出てるんだから…」

「嫌です!」

「だったら、ちゃんと俺のこと諦めろよ…」

「そんなのできません…」

首を振る坂口さんに、加瀬さんは大きなため息をついた。

「とにかく、今日はもう帰れ… 明日からは別の奴と組んでもらうから…」

泣きじゃくる坂口さんにそう告げると、加瀬さんは資料室から出て行った。