『ブーブー ブーブー』

突然、鳴り出した携帯のバイブ音にハッとして、私は結城さんの胸から離れた。

バッグから急いで携帯を取り出すと、画面には加瀬さんの名前が…

こんな涙声のまま出たくはないけれど、仕事の連絡かもしれないのに出ない訳にもいかない。

私は躊躇いながらも通話ボタンを押した。

『あ 悪い 高本… 今、大丈夫か?』

耳元に加瀬さんの声が響く。
車内が静かだから、結城さんにも筒抜けだ。

『はい… 大丈夫です。今から社に帰るとこです。』

『ん? おまえ 何か声変じゃない?』

『いえ そんなことは』

『結城に何かされた?』

加瀬さんの声がちょっと低くなった。

『されてないです… 何も』

『そっか あいつに何かされたら、俺にちゃんと言えよ』

何だか彼氏のようなセリフが返ってきた。

加瀬さんはずるい…
私が本気になったら捨てるくせに…

一体、私をどうしたいのだろうか…

すると、今まで黙って聞いていた結城さんが、私から携帯を奪い取った。

『そんなくだらない話はいいから、早く要件言ったら?』

突然、代わった結城さんの声に、加瀬さんがチッと舌打ちした。

『おまえな、ひとの電話盗み聞きして勝手に出てくんなよ』

『おまえが、でかい声で人聞きの悪いこと言ってるからだろ… で? 要件は何なの?』

『はいはい じゃあ急で悪いんだけど… 午後から、高本のこと貸してくんない? サクラガーデンのレセプションパーティーの打ち合わせに、高本も連れて行きたいから』

『だって? こっちはもうアポもないから、沙耶ちゃん決めていいよ』

結城さんはそう言って、私に携帯を返してきた。


サクラガーデン…
既に坂口さんに引き継いでしまったけれど、そこは、私が初めてプロデュースというものに関わらせてもらったお店だ。

オーナーの依頼は、レストランウエディングができるような一軒家スタイルのフレンチレストランだった。

半年かけて、加瀬さんと一緒に作り上げてきたお店。
そのお店がいよいよオープンに向けて、最終段階に入っている。

『はい 大丈夫です… 行かせて下さい』

やっぱり、最後まで見届けたい。
私は迷わず、そう答えていた。