「お先に失礼します」

チラッと加瀬さんを意識しながら、営業室を出た。

あれから一週間が経つけれど、加瀬さんからは何の音沙汰もない。
こうなると、毎日ドキドキしている自分がバカらしく思えてくる。

「あっ いたいた 沙耶ちゃん、今夜、空いてる?」

エレベーターを待っていると、結城さんが追いかけてきた。

「お店の視察ですか?」

「いや 完全にプライベート。おいしいワインの店があるんだけど行かない?」

「仕事抜きで、二人でですか?」

「俺と二人じゃ嫌?」

結城さんが壁に手をついて、私を見つめてきた。

「いえ そういう訳じゃないんですけど…」

「じゃあ いいよね?」

「えっと…」

どうしよう

これって、口説かれているのだろうか…
確かに、狙うとは言われていたけれど、結城さんなら誰にでも言ってそうな気もするし…

単に仕事仲間として誘われているだけなのなら、変に警戒して断るのは何だか自意識過剰みたいだ。

返事に困っていると、突然、後ろから腕を掴まれた。

「悪いけど、仕事じゃないなら高本のこと誘わないでくれる?」

ムスクの甘い香りと共に現れたのは、加瀬さんだった。

「何なの、加瀬… 何でおまえにそんなこと言われないといけないの?」

結城さんがそう言って睨むと、加瀬さんは私を抱き寄せながらこう言った。

「そんなの、俺と高本が付き合ってるからに決まってるだろ?」

「ちょっと、加瀬さん!?」

「は? おまえ… 何、言ってんの?」

「とにかく、こいつに手を出したら許さねーから ちゃんと覚えとけよ」

加瀬さんはそう言い捨てると、ちょうど開いたエレベーターに私を連れて乗り込んだ。

「おい! 待てよ…」

唖然と立ち尽くす結城さんを残し、エレベーターは1階へと降りて行った。

「何で結城さんにあんな事言ったんですか?」

「おまえさ… あいつ手早いの知ってる?」

「え…」

加瀬さんの言葉に戸惑っていると…

「あいつは厄介だからやめとけ…」

低い声でそう言われた。

「私は別に…」

と、そこで、エレベーターのドアが開いた。

「ほら、行くぞ…」

加瀬さんは私の腕を掴んでどんどん歩いていく。

「あの 加瀬さん どこ行くんですか?」

「駐車場 今日は車で来てるから…」

「そうじゃなくて…」

すると、加瀬さんが足を止めて、私の耳元で囁いた。

「慰めるって、約束しただろ?」

ゾクッとするような加瀬さんの声に、全身が粟立っていくのを感じた。