「おせーよ 坂口 今日は大事な契約があるから早くこいって言っただろ!」

会社に出社すると…
入社5年目の加瀬悠真が、新人の坂口彩芽を叱りつけていた。

「すいません! 携帯忘れて一度家に帰ったんです」

「おまえな 高校生じゃないんだから、携帯取りに帰るなよ 携帯と契約どっちが大事だと思ってんだよ」

「はい すみませんでした」 

必死に頭を下げる彼女…。

「もういいよ 早く準備しろ! もうすぐ出るから」

「はい」

加瀬さんに言われ、彼女は書類を用意しようと、奥のキャビネットへと向かった。

けれど、慌てていた彼女はゴミ箱に躓き、勢いよく転んでしまった。

「キャ!」

「バカ 何やってんだよ 大丈夫か?」

慌てて駆け寄る加瀬さん…。

「全くも~ おまえは… ほら、掴まれよ」

呆れたように笑いながら、加瀬さんは彼女に手を差し出した。

「すいません…」

加瀬さんに抱き起こされた彼女は、頰を真っ赤に染めながら照れたように笑った。

そんな光景を前に、私の胸はズキンと痛む。

つい最近まで、加瀬さんの近くにいたのは私だったのに…
二年目になって、加瀬さんのアシスタントを外れた途端、加瀬さんは遠い人になっていた。

彼女じゃないのだから、仕方のないことだけど…
二人の姿を見かける度に、嫉妬が止まらない。

「後輩を睨んじゃダメだよ。沙耶ちゃん」

隣のデスクでクスクス笑うのは、4月に異動してきたばかりの先輩、結城颯太だ。

同期の加瀬さんと並んで、女子社員からの人気は高い。

けれど、私は彼が苦手だ。

彼のアシスタントになって、まだ間もないけれど…
私が加瀬さんに気があることを早速見抜いて、こうしてからかってくるからだ。

「睨んでません… もともと、こういう顔なんです」

「まあ、心配だよね… 加瀬は手のかかる子に弱そうだから…」

「だから、私は! って……もう、いいですよ」

プイッと顔を背けると、目の前にチョコレートが置かれた。

「ごめんごめん 沙耶ちゃん可愛いから、ついイジメたくなるんだよ。それあげるから機嫌直して」

「別に怒ってませんし…」

「じゃあ、チョコ要らないか…」

「要ります!」

引っ込めようとしたチョコに慌てて手を伸ばすと、結城さんがククッと笑った。

「やっぱ、面白いね 沙耶ちゃんは… あっ、そうだ 今日、加瀬と飲むんだけど沙耶ちゃんも来る?」

「いえ、二人で飲むんなら、私なんてお邪魔ですから…」

「別にいいんじゃない? 加瀬も坂口さん連れてくるみたいだし…」

「えっ…」

思わず手を止めると、結城さんがニヤリと笑った。

「分かりやすいね 沙耶ちゃんって…」

「だから、別に…」

「はいはい… でも、どうする? 来るの来ないの?」

「行きます…」

「ハハ じゃあ、そういうことで」

結城さんは、ポンと私の頭を軽く叩いて席を立った。