桜side
どうしよう。
目が悪くなったかな。
歩いてる人の髪の毛がカラフルに見えるんだけど。
そんなことを思って、目をゴシゴシと擦ってみるけど窓から見える景色は変わらない。
「緊張してますか?」
その問いかけに「少しだけ」と返事をする。
青々とした木々が風に揺れている。
この鳳凰高校に転校することが決まったのはつい最近のこと。
噂によるとこの学校が転校生を受け入れるのは特例らしい。
そんな私を一目見ようと生徒達は始業前に学校に来ているらしい。
…ちなみにいつもはサボりは当たり前らしい。
まぁ窓の外を見る限り納得だけど。
全員カラフルな髪の毛で黒髪が見事にいないし。
「カラフルですね…」
担任だと聞いたヒョロヒョロな男性教師に声をかける。
「あぁ、髪色ですか?あれは、まぁ、追々…」
何が追々なのか。
歩いているのは、いわゆるギャルとか不良とか呼ばれる人達で。
いくら教師でも注意できないのかな。
「仲良くできそうですか?」
冗談でしょう。
「無理だと思います」
あの人達よりはきっちり着こなした制服に地毛のままの黒いセミロング。
化粧なんてそんなにしたことない顔。
タイプどころか種族すら違うんじゃないかな。
そんな、風貌の私にあんな友達ができるとは思わないけど。というか、欲しくないし。
「まぁまぁ、話してみたら気が会う子もいるかもしれませんよ?」
「私は、」
そう続けようとした時、予鈴が校内に響いた。
「それでは教室に行きましょうか」
そういう担任に言いかけた言葉を呑み込んだ。
わざわざ言うことでもないし。
「はい…」
鞄を持って職員室を後にする。
………………………………
………………………
………………
誰もいない廊下に1人立っている私。
人生初めての“紹介待ち”。“呼んだら入って来て”というやつだ。窓の外と教室は別世界だ。
別世界から絶えず大きな話し声が聞こえてくる。
ときどき、「どんな子がくんのー?」もか、「もういいから、早く紹介してー」とかが聞こえてくる。
転校生を迎えるテンションって本当に面倒くさい。
こんな所には馴染めないし、仲良くとかも無理だな。
逃げようかな。よし、今のうちに逃げよう。
そう決めて一歩踏み出したとき、
「それじゃあ、入って来て下さい」
そんな声が聞こえたと、同時に静まり返る教室。
さっきみたいに騒いどいてよ!逆に入りにくいじゃん!
でも、もう入る以外の1人道はない。
決心をして、目の前の扉に手をかける。
中に入った瞬間に耳鳴りがしそうなほどの静寂。
クラスメイトを視界に入れないようにしながら、教壇にいる先生の横に立つ。
生徒の方に体を向けると、圧倒された。
カラフルな頭だけじゃなく、その表情にも。
「綺麗な子でしょう?僕も初めて見たとき驚きました〜」
そんな先生のお世辞なんか誰も聞いちゃいない。
“唖然”
その言葉がピッタリだと思う。
気持ちはわからなくもない。
「じゃあ、本人にも軽く挨拶をしてもらいましょう。そのあと、窓際の1番後ろの席に座って下さい」
その言葉にハッと我に返る。
軽く挨拶だっけ?
「奉日本桜です」
そのとき、男子の空気が少し変わったけど別に気にしない。
纏わりつく視線は無視してカタン、と小さく音を立てて椅子に座った。
そこからは、何にも耳を貸さず、ただ外の景色を眺めていた。
ホームルームのチャイムと共にざわつきだす教室内。
私には誰も近寄って来ようとはせず、一定の距離を綺麗に保っている。
ありがたいなと思う私はこの学校で知り合いすらできないはずだ。
これなら目標も達成できるよね、と息を吐いたとき
「「「キャァァァァァァァ」」」
と割れんばかりの奇声が、廊下からきこえてきた。
まぁ、女子が叫ぶのは大抵、クモかゴキブリが出たかのどっちかでしょ。
別に興味もないので、眠いな。と欠伸をして目尻に溜まった涙を拭ったとき、
「おっ、噂の転校生ちゃん発見」
転校生=私
この等式は間違ってないはず、噂かどうかは知らないけど。
嫌々、入り口に視線を送ると、そこに立っているのは2人の男。
透けるような金色の髪。いわゆるブロンドっぽい。ボタン開けすぎじゃない?ってくらいはだけたシャツ。それに、ゆるゆるのズボン。
その金髪の肩に腕を置いてゆるくもたれかかっている銀髪。
ボタンを三つくらい開けたシャツにグレーのカーディガン。この人もズボンはゆるゆるだ。
「おぉマジだ。綺麗めじゃね?」
“め”ってどういう意味なの、金髪。
「優等生って感じだねぇ。悠里、この子だろ〜?」
銀髪は態度もゆるすぎる。ってゆうか悠里って誰?
その疑問はすぐに解決した。
だって、私の前の席の赤いちょんまげの男の子が、嬉々として口を開いたから。
「そうだよー、僕の言った通りでしょー?クールビューティー」
待ってちょんまげ。いつ言ったのそんなこと。
前の席でなんかスマホをいじってると思ったら、人のことメールしてたの!?
眉間の皺もそのままにして、ただ子供みたいに笑う赤いちょんまげを見つめた。
「僕、七瀬悠里!よろしく〜」
自己紹介をして、私の手を取り上下にブンブン振り回す。
態度ですらまんま子供。
赤いネクタイをなぜかちょうちょ結びにしている。
呆気に取られて何も言えない私の手をグイッと引っ張り、強制的に立たせる。
「桜ちゃんだよねー?じゃあ、行こっか!」
そのまま流れに身を任せてニ、三歩進んでみたけれど。
「ちょ、授業!もうすぐ1時間目でしょ!?」
転校初日の1時間目からサボるわけにはいかない。
「わー、真面目だねー。でも次の先生は友達だから大丈夫ー!僕から言っとくからー!」
「意味がわからないから!とりあえず、私は授業にでるから!話があるなら休み時間にしてよ!」
バッと七瀬悠里の手を振り払う。
その瞬間、息を呑むギャラリーと「ヒュー」と口笛を吹く金髪と銀髪。
一瞬ポカンとした七瀬悠里だったけど、次の瞬間には笑顔に変わってた。
「んー、仕方ないねぇー。レー君お願いー」
また、初めて聞く名前に困惑するけど、動き出したのは金髪。
「しゃーねーなー」なんて言いながら近づいてきて、何をするのかと思えば。
「「「キャーーーーーー!!!」」」
さっきまで静かだったギャラリーが騒ぎ出す。
それもそのはず。だってこの男が、
「っ、放してよ!!」
堂々と“お姫様抱っこ”をしたから。
「おいおい、暴れんなよ。落ちるかパンツ見えるかすんぞ?」
「放せばいい話でしょうが!!!」
「おし行くぞ。悠里、ヒビ」
「人の話を聞きなさいよ!って、きゃーっ!そんな速く歩かないでよ!」
「はいはい。お嬢さん静かにしましょーねー」

ぶすっとしたまま金髪男についていくように廊下を進む。結局あのあと、
『お姫様抱っこされるくらいなら自分で歩く。逃げないから放して』
と叫ぶように言って、ようやく下ろしてもらえた。
『逃げない』と言ってしまったからついていかないワケにはいかず、こんな状況に。
「…はぁ」
ため息を隠すこともなく吐く。
そんな私に気づく人は誰一人いないけどね。
「お姉さん可愛〜ねぇ。食っちまいてぇな〜」とかなんとか言いながらキャーキャーうるさいギャラリーの女の子を口説きまくるの銀髪。手まで振ってるし。
後ろ姿でもわかるくらいに興味なさそうに欠伸しながら歩く金髪。
ニコニコニコニコ。小学生の遠足なのかと思ってしまうくらいの足取り。赤いちょんまげをピョコピョコさせながら歩く七瀬悠里。
男女問わずたくさんの生徒が騒いでいる廊下を、三者三様で進んでいく。
どうしてこの3人がこんなにも騒がれているのか理解できない。
歓声を聞いてる限り「カッコイイ」とかそんな程度だから見た目の話なのかもしれない。
ちゃんと見てなかったけど顔が整ってるかも。
だけど正直、そんなことは私にとってどうでもよくて。
重要なのは、
「何〜?あの子」
「なんで黒髪なわけ〜?」
「てゆうかあの3人と一緒にいるってだけでウザいんだけど」
なんていう私に対しての黒い発言。
何もしてないのに注目を浴びるなんてたまったもんじゃない。てゆうか無理やり連れ回されてる私の方が被害者なんだけど。
ギャルの視線が痛い。
イライラする。
聞こえるようになのか聞こえないようになのか、微妙な声量で言われるイヤミと文句。
ハッキリと言い返してやりたいけど、そんなことをすれば“目標”に支障が出る。
不機嫌を顔に出さないように、拳を強く握りしめて我慢する。
無表情のまま金髪の後ろを歩き続けると、急に誰もいない廊下に出た。
「どうして誰もいないの?」
不思議に思ってすぐ隣を歩いていた七瀬悠里に聞くけど、
「んー?だってココから僕たちのトコだしー」
理解するのが難しい答えが返ってきた。
もう何も聞かない。
そこからは全員が無言で、もくもくと足を進めるだけだった。無心のまま流れについていくだけだったけど、金髪が急に足を止めたことで我に返った。
彼が見ている先には、茶色くて大きい両開きの扉。
プレートには“生徒会室”の文字。
この中の誰かが生徒会室に用があるとは思えない。
もしかしてこの金髪、方向音痴?
なんて失礼なことを思ったとき。
ガチャっと。
ためらいもせずに金髪が扉を開けた。
金髪が吸い込まれるように中に入って行くのをただ見つめる。逆光で中の様子はわからない。
ぼうっと立っていると銀髪が私の背中をポンっと押した。
促されるままに扉の中へ足を進める。
一歩、中に入って。すぐにUターン。
「ちょいちょい。お嬢さん、ドコ行くんだよ〜」
銀髪はとりあえず無視しといて、扉の上のプレートをもう一度確認する。
やっぱりそこには“生徒会室”の文字。
「…ここはドコかな?」
どうしても信じられなくて銀髪に視線を送る。