しばらく考えて、伊織君は頷いた。それからまたよいしょよいしょと這いずって、何とかソファーへと辿り着く。腕の力だけで体を持ち上げて、大変しんどうそうだったけれど、二人用の方ではなく、一人用の綾のソファーへと座った。
「お疲れ様」
私は床に座って彼にそう言う。
伊織君はコートを脱いで、額から垂れる汗を腕で拭う。そしてまた全身で息をついて、小さな声で言った。
「・・・あー・・・やれやれだ」
8時になっていた。
伊織君を椅子に座らせたままで帰宅してから出来てなかったアレコレをして、私は部屋着でやっとソファーへ落ち着く。
それでようやく話を聞いたのだ。怪我のことを。
スタジオである撮影をしていたら、カメラを構えたままで後ろに下がったさい、床に落ちていたビニール袋で滑り、右足首を捻挫してしまったらしい。
「あらまあ~」
私がそう同情を込めてそういうと、伊織君は苦笑する。
「来てたモデルさん達の事務所の人のポケットから落ちたものらしくって、阿相先生はカンカンに怒ってたけど、俺は痛いのを堪えてるばかりで何とも言えなくて。とにかく撮影は鷲尾に交代ってことになって、病院に行ったんだ。氷水のバケツの中に足を突っ込まれて、死ぬかと思った」
そうだろうねえ!私はつい想像して、その死にそうな冷たさに身震いをする。だって今2月だよ!
伊織君の負傷した右足は居間の小さなローテーブルの上にタオルつきで置かれ、彼はお腹のところでお皿を持って私が取り急ぎ作ったドライカレーを食べていた。



