長い夜には手をとって



「それなら良かった。イヤホンで音楽聞いてて、よく聞こえないけど何か凪子さんが叫んでるなーと思ったんだよ。それで、ネズミでも出たのかと思って。とにかく下だけでも穿いてって急いだんだけど、まさか男の人がいるとは思わなかった」

 彼はそう言いながら台所に立ちコーヒーを淹れる。

「凪子さんも飲む?」

「あ、頂きます」

 私は何とか両手に力をいれて立ち上がり、ソファーに座りなおした。そして改めて、疑問を口にする。

「電気も暖房もついてなかったから、居ないと思ってたの。音楽聞きながら真っ暗でお風呂入ってたの?」

 確かにお風呂場の窓は玄関先からは見えないけれど、洗面所のドアには小さな窓がついていて、お風呂場や洗面所に人がいるかはその光で判るはずだ。だけど家に入ってきたとき、ついているのはシンクの上の明かりだけだったはず。エアコンもストーブもついてなくて部屋は冷え切っていたし。

 伊織君はははは、と小さく笑って、私にコーヒーを運んでくれる。

「俺たま~に蝋燭持って風呂に入るんだよね。スタジオで目を酷使した時なんか、疲れで霞むし電気が眩しくて目にしみるんだよ。痛くて涙が出てきちゃって。それで蝋燭。そんで、たま~に音楽も持って入る。リラックスも出来るし、おすすめだよー」

「あ、成る程。だけど・・・ここの浴槽は小さいでしょう?私でも脚のばせないんだから、伊織君だったらダメだよね?どうやって寛ぐの?」

「完全に足を伸ばせなくても、とにかく全身が浸かれれば。窓枠に蝋燭置いてて、顔にはお湯で温めたタオルのっけて。肩凝りもほぐれる」