「・・・えーと・・・」
伊織君の声がして、私はゆっくり向き直る。
ポカンとした顔のままで彼が言った。
「・・・大丈夫です、俺達まだ手も繋いでませんから、って、言ってこようか?」
―――――――・・・ああ、神様。
私はその場に虚脱した。
「――――――いえ、結構です。いいから服着たら、伊織君、風邪引くよ」
ああ、そうだよね、そう言って伊織君は洗面所に引っ込む。
私はその場で、酷い疲労感に包まれながらしばらく動けなかった。
・・・何てこと!
頭の中で弘平の言葉が回る。もう一回?もう一回って・・・そんな都合よく?私はあなたに傷つけられたんだよ!そんでそんで、その傷を癒すのにかなりの時間が必要だったんだよー!それなのに、それなのに、再会してすぐにそれ?いやいやいやいやいや・・・。それにそれに、まだ手も繋いでませんからって、伊織君たらそうじゃないでしょ~!
「何なのよ・・・一体これは・・・」
私はげっそりと呟く。おかしいな、今日はお洒落な夜になるはずで、素敵な津田さんを見て気分もよく帰ってくるはずだったのに?
洗面所のドアがあいて、今度はちゃんと部屋着を身に付けた伊織君が出てくる。まだ濡れているらしい頭にはタオルをかけていた。部屋着の上からフリースのパーカーを羽織って、彼は腰に手をあてて私を見る。
「俺ってさ、邪魔したのかな?さっきの」
「え?・・・いや、どちらかと言えば助けられたの。えーと、ありがとう」
私が首を振りながらそう言うと、伊織君はヒョイと肩を竦める。



