長い夜には手をとって



 いいよ、そんな、と言い出せないままに、弘平はスタスタと我が家に向かって歩き出す。急いで追いかけた。

 私が借りている家は下町の、ぐるぐると細い道が入り組んだ路地の端っこなのだ。タクシーで大通りにとまり、そこからは5分ほど歩かなくてはならない。何度も来たことがある弘平はそれを知っていた。

 冬の夜で冷たい風が吹き、人気が全くない細くて曲がり角の多い道。ぽつんぽつんと外灯があるけれどやっぱり暗く、実際夜に一人でここを歩くのは怖いので、私は有難く受け入れることにした。

「ありがとー」

「ん」

 ぶらぶらと歩いていく。誰かとここを歩くのがとても久しぶりだった。いつもは自転車で疾走するこの道。この前誰かと歩いたときは、やっぱり相手は弘平だったのだ。あの時は手を繋いでいて、春だった――――――――

「着いた」

 玄関灯の光をみて私はホッと息をはく。そして、弘平に向き直って頭を深深と下げた。

「どうもありがとう。お陰さまで無事に辿り着きました」

 弘平はははは、と軽やかに笑ったあとで、ちょっと悪いんだけどさ、と言う。

「水一杯くれないか?ちょっと酒が回ってるんだ」

「え」

 私は思わず後ろを振り返って家を見た。2階の窓、今は伊織君が使っている部屋は真っ暗で、誰もいないようだ。だけど、伊織君の予定はどうだったっけ?彼は今日本にいるんだよね?今日はいつ帰ってくるんだっけ?

 予定が思い出せなくてうーんと悩んでいると、弘平が呆れた声で言った。

「水だけ飲んだら帰るよ。今日は綾さんは?」

 一瞬、ぐっと詰まった。