綾はよく言っていた。『ぐいぐいって引っ張ってくれる人は頼もしいし素敵に思えるかもしれないけど、あれってちょっとモラハラだと思うよ。俺に任せとけ、お前は黙っとけ、なんて、明治時代じゃないんだから』って。『凪には凪の意見も大事にしてくれる優しい男が出てくるよ、その内、絶対に』って。

 何度も何度もそういわれるうちに、そうかもしれない、と思い出せたのだ。言い方は悪いけど、弘平の洗脳が解けて綾の洗脳を受けた感じ。だけど私が誰かに振り回されるのはもうやめようって、ちゃんと思えたのは綾のお陰だ。

 しばらくお互いに黙っていたけれど、弘平がまた、ゆっくりと喋りだした。

「物足りないからって言って、別れただろ、ナギと。あれをさ、あとでずっと後悔してたんだ」

 無視する。彼はちらりと横目で私を見たようで、ため息をついたけれどまた口を開く。

「俺の環境とか、営業トークとか、外面のそんなものじゃなくて、俺っていう人間をちゃんと見ててくれたのはナギだったんだなあって、よく考える。会社を辞めてしがらみや肩書きがなくなったら、付き合う人間も一気に減るんだよ。出会う女の子も。会社の時は違ったんだなあ、って判った。俺じゃなくて、大手保険会社の営業だった俺が好かれてたんだなって」

 そうか、会社を辞めたと確かさっきも言っていた。私と別れたあと、ここ1年やそこらの話なのだろう。

「でもきっとナギだったら・・・そんなことは気にしなかっただろうなーって・・・」

 私はじいっと前を見ていたけれど、弘平が黙ったので彼に言う。