春が終わって、初夏に私は目出度く30歳になり、それをタイミングとして無事に伊織君と結婚した。苗字が塚村から水谷に変わり、特別に式や披露宴なんかはすることなく、二人で私の母親に報告にいって、食事を一緒にとった。

 母親が嬉し泣きをした時、私はびっくりした。どちらかと言えば豪快で、父が亡くなったあとも力強く生きてきた母が、泣くとは思わなくて。

 大阪のオーナーに電話した時には電話の向こうで東さんが大きな声で叫び、電話口に伊織君を出せと騒いだのだ。代わっても、東さんの声が大きすぎて全部丸聞こえだったのが面白かった。

『伊織君あんたようやったなあ!けどこれからやで~!おっちゃんこれからも見張ってるから、それちゃあんと頭にしまっとけよ~!それにな、ええか、家族計画は慎重かつ大胆にやな・・・』

 彼はたまに爆笑しながら電話で話していた。隣で聞いていた私も、勿論お腹を抱えて笑ったものだ。

 そして伊織君は、無事に祖父とご両親の財産を受け取った。

 彼がそれでした最初のことは、結婚祝いだと東さんが譲ってくれたこの家の改修だった。

 綾も私も何度も落ちたことのあるあの階段はゆるく付け替えられ、手すりまで出現したし、縁側は新しく幅広くなり、あちこちガタが来ていた水回りを全て新品と取替え、壁を私の好きな淡い黄色に塗り替えた。

 基本的な間取りは変えないで、とお願いしたのだ。だってこの家にはまだ、綾の存在を感じさせるものが欲しかったから。