「俺ね、もう無理だって思った。会いたいのを我慢しまくって何てことないって風に過ごすこと。怖い顔してたみたいなんだ、ここ最近ずっと。学生アシ達も怖がって近寄ってこないし、鷲尾にもお前凄い不機嫌だなーとか言われて。だから今日は絶対凪子さんが起きてる時間に帰って、ちゃんと話そうって思ってた。当たって砕けようって。スタジオに居ても撮影で出てても、ちょっとしたところに凪子さんを探してしまってるんだ。いるはずないって判ってるのに、姿が似てる女の人や肩までの髪の毛の人を見るとドキドキして。そんで、もう無理だって思って。もう離れてるのは嫌だし、触れないのも嫌だって」

 伊織君は私の髪の毛を指に絡ませながらそう話す。

 窓のカーテンを開けたままで、私のベッドで一緒に並んで寝転んでいた。二人とも裸で、毛布の中でぴったりとひっついて。

 伊織君に手を引かれて二階に上がり、初めて体を合わせたあとだった。無我夢中で抱き合った後の、穏やかで幸せな時間。

 部屋は温かく、スタンドライトの仄かな明かりが広がっている。

 今日は曇り空で星は見えなかったけれど、風は強くて次々に雲が流れていくのが見える。きっとあの雲の向こう側に、オリオン座が今日もあるはずだ。

 私はようやく落ち着いてきた呼吸で、うっすらと目を開けて彼を見ていた。

「それで、東さんに電話したんだ」

 私はえ?と顔を上げる。東さんって・・・。

「オーナーに?」

「そう」

 伊織君は何かを思い出した顔で、にやりと笑った。そして私の髪の毛から指を離し、今度は背中をするすると撫でる。