「ありがとう。もう会社に戻ってね」

 私がそう言いながらドアを開けると、伊織君は同じように降りながら笑った。

「何言ってんの。まだ熱高いんでしょ?歩けないと思うよ、家まで」

「大丈夫」

 車に鍵をかけて、彼は歩き出した私をあっさりと捕まえる。

「フラフラじゃん。いいから、こんな時くらい役に立たせてくれる?」

 そういうと、伊織君はおいで、と中腰になった。

「・・・まさか」

「そう、おんぶだよー」

 くらくらくら~。私は眩暈を感じて目を閉じる。今君におんぶして貰うなんて、理性が崩壊しそうなんですけど・・・。一体何の修行なんだ、これは。私はいやいや、と手を振った。

「結構です」

 すると伊織君は振り向いて、何かを企んだような顔で私を見下ろした。

「あんまりツンツンしてるとさ、俺、遠慮しないよ」

 ・・・え?私は恐る恐る彼を見上げる。伊織君はにやりと笑った。

「抱っこで無理やり担がれて連れて行かれるのと、どっちがいい?」

 身長差と腕力を考えたら、それは実行されそうだった。なので、私は恥を忍んでおんぶを選択したのだった。

 5分ほどの距離だ。それに平日の昼間で、人通りは全くない。だけどかなり恥かしかった。大人になって誰かにおんぶされることなど誰が想像出来るだろうか!

 負ぶわれて、ゆさゆさと全身が揺れる。顔の前にある伊織君の髪からは私とは違うシャンプーの匂いがする。きっと前に言っていた通り、スタジオでシャワーを浴びて帰ってきているんだろう。それもわざわざ家に帰るのを遅らせているらしいから、時間を潰すためでもあるんだろう。