私はぎょっとしてその場で立ち止まる。後ろからきた女性社員さん達が、ちらちらと彼を見ながら通り過ぎて行った。

「・・・・あら?えーと・・・こんなところで何してるの?」

 上等なジャケットに濃紺のマフラーをして、ジーンズに皮のブーツ。髪型も格好よく決まっている弘平はにっこりと笑う。

「ご飯行かないか?ナギを誘いに来たんだ」

「・・・予定があるので」

 勿論嘘だが、私はつとめてサラッと言う。最初に都合を聞かれないことにイライラした。付き合っていたころの私は彼に従順だったし、24時間いつでも彼のために空けていた。だけど、もう彼女ではないのだ。礼儀はどこにいった?

 いつまでもそこに突っ立っていては邪魔だ。私は前を見て歩き出す。するとさっと隣を歩き出して、弘平が言う。

「予定?それってずらせないか?大事な話があるんだけど」

「ずらせません。私には話はありませんから」

 出来るだけ早足で歩いたけれど、元々長い足を持っている弘平は苦もなくついてくる。

「なあ、ナギ」

 彼が私の腕を取る。

 私は向き直って、ゆっくりと腕を振りほどいた。心臓がドキドキしていた。弘平の強引さ、それに従うことの喜びを、まだ私は覚えていた。

 弘平はゆったりと微笑みながら、私を見下ろしている。色気漂う、間違いなくいい男だった。

「じゃあその用事のところまで、送らせてくれ。車の中で話をするから」

 断れ。

 断れ、私!

 頭の中ではガンガンと理性的な自分が喚いている。これについていったら、また彼のペースにのまれちゃうかもよ!って。