「…琴音、後でな」

「コクッ」

奏多さんが諦めたのを見てすぐに台所を出た田部さんに焦ったけど、奏多さんと暁くんに軽く頭を下げてすぐに追いかけた。

会話もなく、少し早足で向かう先は私が行ったことのない、恐らく離れに向かうドア。

このお屋敷は私がいつもいる本邸の他に離れがある。

私が勝手に入れない部屋はいくつかあるけれど、離れもその1つ。そのドアの近くにすら立ち寄れない、まさに未知な場所。

しっかりと閉じられた引き戸を器用に足で開けた田部さんは、離れへと続く廊下を進んでいく。

廊下から見える庭はある程度手入れされているようで、本邸のように雑草だらけにはなっていないようだ。

あ、これどうやって閉じよう…。両手は塞がってるから無理だ。足は…ちょっと自信がない。

「開けておいていいですから。こちらに」

「!」

田部さんの声がしたから振り返ったけど、その姿はすでにない。慌てて離れに続く廊下を渡りきり、唯一雨戸が全開になっている部屋を覗く。

「おお、よく来たね。入りなさい」

中には穏やかに笑う季龍さんのお父さんがいて、手招きしてくれていた。頭を下げてから部屋に足を踏み入れる。