しばらくして、氷から手を離した青海は左手を木製の板に置き、右手で小刀を持つと刃先を木製の板に当てる。

ここにこれが示す意味を知らない者などいない。

知った上で止める者もいない。

青海は自ら構えた小刀を、自身の左手の小指の根本に当て、再び距離を離すと、勢いよく小刀を落とす。

「若、これでお願い致します」

「あぁ。…悪かったな、青海」

「いえ、当然のことです。勝手にあなた方の傍を離れた俺を、再び置いてくださることに感謝します」

自身の手当てなど二の次で季龍に頭を下げる青海を介抱しようと動く組員。

忠誠を誓う形。それを行われる裏社会。そんな世界だ。

その世界の禍々しさのほんの一角の行為さえも季龍は梨々香にも琴音にも触れさせまいとする。

それ思いを踏みにじろうとする者など永塚組にはいない。

いづれ戻ってくる梨々香に生々しい現場を見られぬよう、すぐにその道具は片付けられた。