自分のお支払い分がいくらかも分からず、先生に聞いたけど教えてもらえず、結局はご馳走になってしまった。

大丈夫だったのかな、2人分のキャンセル料。

なんて思ったけれど、先生があまりにも楽しそうだったから気にしない事にした。



レストランを出るとき、またいらして下さいと店員さんから受け取ったのは、小さなピンクの紙袋。

「チョコレートです。
是非、ご一緒にお召し上がり下さい。」

そう言われて紙袋の中を覗くと綺麗にラッピングされた箱が入っていた。

「そっか、今日はバレンタインだ。」

とても気持ちのこもったプレゼントに心がはしゃぎ、その勢いで先生を見上げると、笑顔でうなずいてくれた。



「海ちゃん、今からもう少しいい?」

「はい、大丈夫ですよ。
今日は1日空けてますから。」

店員さんにお礼を言って出てきた私たち。

もうそろそろ帰るんだろうと思っていたところに、彼からの思いがけない言葉。

「少し歩くんだけど…。」

「歩く…んですか?」

アルコール飲んでなかったのに?

運転もあるけれど、医者である彼は、目の前にある命を救えないのは絶対に嫌だといってアルコールを飲んでいるところを見た事がない。

今日もワインを飲まずに一緒にディナーを楽しんだんだ。

「そう。車で行くほどでもないから。」



そう言われて、ごく自然に再び手を引かれてついていくこと少し。

「うわあ。綺麗。」

そこは小高い丘になっていて、街の光が無数に光る星々のように煌めいていた。

「こんなところがあったんですね。」

知らなかった。

「ああ、ここ、地元の人しか知らないような場所なんだよ。
人、いないでしょ?」

「本当だ。
…」

何故こんなところに私を…?

そう聞こうと思って先生の方を振り向いたとき。

その手のうちに、街の光を受けて微かに、力強く光るものが箱に納められていた。