中学3年の冬。その日は珍しく雪が積もった。
私は白い息を吐きながら、まだ薄暗い田んぼ道を駆け回る。
「どうしよう… 道、迷っちゃった……」

 今日は清京高校の入試当日。すべり止めで受けた私立も落ち、崖っぷちに立たされている私は何がなんでも遅刻なんてできないと、こうやって日が出るか出ないかの時間に出発した。
…そこまではよかったのだが、途中で大きな犬に追いかけられ、逃げてる間に、道に迷ってしまった。
バスまであと1kmくらいのところで犬に出会い、逆方向に逃げて、迷子。
「きっともう、バスには間にあわない…」足が止まり、思わずその場に座りこんだ。ここは田んぼと畑と雑木林が広がる田舎、次のバスが来るのは3時間後。入試会場に間にあうのは、もう絶望的だ。悔しさと未来への不安で涙が流れて流れて止まらなかった。

その時、大きなブレーキ音が鳴った。『ギキィー!!』
「あっぶねぇー!こんな道の真ん中にいたらあぶな…っ」涙で霞んでよく見えないが、その人と目があった気がして、涙を拭って見直した。長めなのに清潔感あふれる黒い髪、少し青みがかった瞳……それはもう一目惚れだった。
その人は私を見て「えっ、泣いてる!?もしかしてぶつかった!?痛いとことかない!?ちゃんと立てる!?」とすごく慌ててた。
見た目はクールなのに子供のような反応を見せるそのギャップが可愛くて、思わず吹き出した。
相手は訳が分からずきょとんとした顔をしている。
「えーっと…」笑い続けてる私に耐えかねたのか、話を切り出そうとしていた。
「あっ、ごめんなさいっ!クールなのに可愛くて面白くかったのでつい。ぶつかってないですし、痛いとことかもないです。ただバスに間に合いそうになくて途方に暮れて…そしたら涙止まらなくなって…だから大丈夫ですよ」と言い終わると次は向こうが笑い始めた。
「クールなのに可愛くてって俺?笑 ていうか、バスに乗り遅れるってどこのバス?」
「小原から清京高校に行くバスです。」
「それなら、ここから萩丘に行けば、たぶん間に合うよ!」
その人は、乗っていたバイクを道の横に寄せ、私の手を掴んだ。
「走れば近道できるんだ。走るよ!」
右手を強く引かれながら、その人のあとを全速力で走る。掴んだ手から熱が流れ込むように、手も顔も真っ赤になっていくのが分かる。目の前の背中は頼もしく、かっこよかった。その人に付いて獣道を複雑に進んで行くとどこかの道路に出た。バス停があった。そこの時刻表を確認すると、確かにまだバスは来ていないらしい。
「よかった…」安堵で腰が抜け、また座りこんでしまった。
「ほら、もうすぐバス来ちゃうから立って。」
その人は優しく微笑み、手を差し出した。さっきまで強く握っていた手なのに、なんだか違う手のように見え、意識すればするほどなぜか恥ずかしくなった。おそるおそるその手を取り立ち上がった。
「本当にありがとうございました!これで受験に間に合います。私、ここの隣町に住んでいるのに、こんなとこに近道があったなんて知らなかったです。いろんな道、知ってるんですね!」
「こんな道普通の人は知らないよ。俺ここらへんに住んでたことあって、昔探検ごっことかで、よく通ってたんだ。」
幼さがある笑顔を見せた。「あっ……」あまりの無邪気な笑顔にときめき、声が出た。この人の近くにいたい。たくさん話したい。そして、この笑顔をずっと見てたい。そう思うと次の言葉が出かかっていた。
「あ…あの!お名前教え―」
しかし、言いかけた時にバスが来た。
「よし!バス来た!じゃあ、いってらっしゃい。」
そう言われ、言いかけてた言葉は出てこなくなった。
「うん…」
ステップを上がる。
このバスが出発してしまったら… もう会えないのかな…。
…………そんなのやだっ!!
『バンッ』思いっきりドアを開けて叫んだ。
「名前、なんて言うんですかぁーー?」
その人は、いきなりの事にびっくりしたようだったが、さっき見せた無邪気な笑顔を見せて答えた。
「圭~!」そう言って、大きく手を振った。「圭…くん…」大事なお守りのように、そっと呟いた。そして、照れながら小さく手を振り返した。
また会えるといいな♪