朝起きてもその感触は消えない、きっと女の人に好かれる土方さんからすれば口付けなんかたかが先に進めるための手段なのかも知れない。
でもあの時確かに嬉しかった
女子に戻れたような気がした。
昨日の出来事を思い出しながら髪を櫛で梳かす、ぐっと昨日よりもずっとキツく高く結い上げる。
いつもの袴に着物、昨日の自分が嘘のように男らしい格好だ
これで良い、女子としての道は捨てなければ生きていけないこのご時世で恋をしただけでいけないのに昨日のような煌びやかな格好したらもう後に引けなくなってしまう。
「櫻さん、おはようございます」
「おはようございます」
ただただ挨拶を交わしているだけなのに昨日と違う気がする
何か変わってしまったのだろうか。
「父上、おはようございます。今日も桜田町風紀改善へと精進して参ります」
「櫻今日は袴か、着物でもいいんだぞ」
「流石は父上冗談もお上手で」
他愛ない話でも大切な家族の時間だ
「お頭失礼します」
よりによってこの時に現れたのが噂の私の頭を占領する男だ
視線が交わる瞬間顔が真っ赤になったのが自分で分かった「し、つれいしま、す。」何とも端切れの悪い言葉でその場所を後にする
恥ずかしい、でも今日は土方さんとではなく戻ってきたはじめさんとだ、と気合いを入れ直す。
「はじめさん?!」
「すみばぜん、がぜびいぢゃいまじだ」
「風邪、ですか。」
一応お世話になっているからとせっせと勤務時間までの看病した
本当に熱が上がって来てる、医師を呼んでいるからきっと大丈夫だろうけど心配だ
はじめさんがいなくなったら使える人がいなくなってしまう、いい意味で。
「はじめさん、大丈夫ですよ。もう直ぐお医者さんが来ますから」
頭を撫で撫でするのは初めてだ、される側だから。
はじめさんの部屋を出て父上の部屋へ行く
「父上、私は独りで行きます」
だがそれだけは断固として反対された
「駄目だ、土方に着かせる。」
でもというと直ぐに「くどいぞ」の一言で片付けられてしまった。
今日は非番の土方さんは多分いつもの花街に出向く筈、そんな中こんな事迷惑に決まってる。
いや違った、今日はお姉さんの命日だ。
「父上、やっぱり今日は晴明を私の元へ着けてください。お言葉ですが、晴明も同心として頭ばかり捻らせてないで体力を使うことも大切だと思いますし」
そう言うと父上は一理あるなと考えニコリと笑いあとは任せて貰えた。
「晴明、入りますよ。」
私が開けると同時に「不用心だぞ」と声が聞こえた。
「ひ、土方さん?!何で此処に?!」
「ったく、お頭から話は聞いた、どうせお前は姉貴の事心配してんだろ?」
図星に焦り、そんなわけないという言葉さえ吃り言えなかった。
「はあ、姉貴の事は弟がいるからいいんだよ。」
「え?!土方さん弟いるんですか?」
私の質問が不味かったのだろうか、土方さんは少しムッとした
こんなにもわかり易くて良いのだろうか

「ほら、行くぞ。」

強引に引かれた腕が熱い
こんなにも嬉しい我儘が他にあるだろうか


だが、こんな弛んだ気持ちで挑んだせいかこの夜人生で最も恐ろしい思いをする事なる