祭り当日まで土方さんとは一切口を聞かなかった
否、聞けなかった。
怖くなって何も言えなくなった

祭り当日
よりによって土方さんと二人で見廻らなければならなくなった
「よろしくお願いしますね、土方さん」
ああと小さい返事に突き放された想いになる、なんだか苦しい
父上からのお心遣いで見廻り後は自由にしていいと言われたけれど、この前までの私ならば喜んでいたが今の私にとっては地獄だ
きっと、土方さんは失望したに違いない
来て直ぐに素性も知れぬ男に抱きしめられ抵抗すらしないのだから。
そう思った途端にまるで黒い泉に突き飛ばされたような感覚になった、信頼していた人に失望されるのはここまで辛いのかと実感している
いや、目を背け続けていた感情に今度こそ向き合わなければいけないのかもしれない
それでも無言で見廻りは続く。
テキ屋の抗争も全く起きずただただ歩き回る
途中で別の件に関わっていたはじめさんが合流し少し助かった
はじめさんは小さく私に「お頭に許可頂いてます、着付け覚えてますよね」と耳打ちして残り時間の少ない見廻りを代わってくれた。
でも、浴衣になったくらいで

「櫻さん待ってましたよ!」と父上の直属の部下である赤さんが髪を弄ってくれた
まるで女の人のような姿に感服した
少しだけ唇に紅を差してキツく結っていた髪は緩く結い直してもらい浴衣を自分で着る、少しだけ女子らしくした姿に誰なのかわからなかった。
きっとはじめさんに待たされて居るのだろう、好まないと言っていた煙管を咥えている。

「ひ、土方さ」
緊張で語尾が消える、声が震える
気持ち悪がられる。
私らしくないと言われるんじゃないか
そんな事ばかりが頭を巡る
まるで珍しい物でも見たように目を丸くする土方さんに、恐怖で口が震える

「綺麗だな」

突然の言葉で今度はこっちが目を丸くする
頬が紅くなる、どうしよう。
「あ、あの隣良いですか?」
拒絶される恐怖から目を強く瞑る、手が震える
ここまでして貰って申し訳ないけどきっと私には女子らしくなんて出来ない
ああとまた短い返事、それでも隣に居て良いんだという安心から気を抜いたら涙が溢れそうになる
私も大概涙もろい。
座った途端打ち上がる花火に涙が零れた
急に引かれた腕にそのまま倒れ
綺麗な花火の中生まれて初めての口付けをされた。
驚きよりもずっと嬉しさが勝った。


祭りはまだ1日目の出来事。