「いらっしゃい」
「おじゃまします」

橘君も着替えたのか、Tシャツを着ていたと思ったが、ブルーのシャツに変わっていた。
橘君を中に招き入れると、すぐにモモを見つけ、抱き上げた。

「モモ、元気にしてたか? 大きくなったなあ」

モモは、橘君のことを忘れてはいなかったらしい。気持ちよさそうな顔をして、撫でられている。

「麦茶でいいかしら?」
「うん。あ、玄関に置いてある袋にスイカが入ってる」

顔を向けた方向を見ると、ビニール袋が置いてあった。
それを手に取って中をみると、真っ赤なスイカが入っていた。

「切る?」
「うん」
「ごちそうさま」
「どういたしまして」

私の方を見ず、モモをあやしながら返事をされた。
モモに少しだけやきもちを焼いてしまう。
モモと橘君がじゃれあうのを背中に受け、まな板を出して、スイカを切る。
かぶりついた方がいいのか、一口サイズに切った方がいいのか。そんなことに悩む。
迷った結果、半切りにして、スプーンで食べる選択をした。
白の皿にのせ、スプーンを添える。
おしぼりと麦茶をトレイに乗せて、持って行く。

「はい」
「おお、うまそうだな」

橘君は子供のようにスイカを眺めた。自分で持ってきたのにと、おかしくなる。
色々なことがあってから二年の月日が経っていた。
スイカを食べる橘君を見ると、何も変わらない。髪を少し短くしたのかな?
それくらいしか私には変化が分からない。
橘君が変わっていないのではなくて、私がよく見ていなかっただけなのかもしれない。
付きまとわれているようだと思っていた。
次第に感じるようになった寂しさ。モモだけでは埋めつくせない心の穴は、橘君じゃないと埋められないのだと分かったとき、橘君は私の前からいなくなった。
離れがたさの悲しみを知って、橘君の想いを断ち切った。いいや断ち切ったのではなく、私の傍からいなくなっても、初めて感じる大切な思いをずっと秘めて行こうと決めた。
送られたはがきを整理して、心にけじめをつけた日に、橘君は現れた。
なんと罪な人だろう。

「甘くてうまかったね」
「うん、ごちそうさまでした」

モモが悪戯をしてしまうので、食べ終わったスイカはキッチンにすぐに下げる。
スイカを食べたばかりで冷たい飲み物は止めた方がいいだろうか。

「橘君、温かいコーヒーがいい? それとも冷たいのがいい?」
「コーヒーがいいな」
「わかった」

コーヒーメーカーを用意して、フィルターをセットする。
粉の入っている缶をあけ、二杯分の分量を計量スプーンで図って入れる。
水を入れ、スイッチを押すと、すぐにいい香りが立ち上った。

「……!」

後ろから突然抱き着かれた。
橘君の腕が私の前にあって、首元に橘君の顔があるのがわかる。
恥ずかしさとどうしていいのか分からず、体が硬直してしまう。

「このまま聞いてくれる?」

私は、コクコクと何度か頷いた。
激しく打つ心臓の鼓動が、橘君に伝わってしまっているだろうか。

「黒川……俺と付き合って欲しい。家に戻ったらちゃんと言うつもりだったんだ」