「お邪魔します」

1度家に帰って荷物を置いてきた燎は、親を探すのも煩わしくて叫ぶように「メシ要らない!」と言ってから、
逸る気持ちを抑えられず早足で紫海の家へと急いだ。

6年ぶりの紫海の家は懐かしい匂いがした。
少し高く感じた玄関から廊下へ上がる段差も、
今では馴染む高さで。

「あらあら!燎くん!久しぶりねぇ!こんなに大きくなって!」

前までは見上げていた紫海の母も見下ろすようになっていて。
あの頃から大分時間が経ったのだと実感する。


「ちょっとちょっと!随分イケメンになっちゃって!」

紫海の母が頬に手を添えながら反対の手でバシバシと燎の背中を叩いてくる。
この感覚は親戚のおばさん以来で、何でみんな同じように叩いてくるのか不思議だ。


「もう!紫海が急に燎くんが来るって言うから全然準備出来なくて!」

リビングへ通された燎は、ダイニングテーブルに並べられたおかずの量に苦笑する。

「ちょっと!お母さん作りすぎ!パーティーじゃないんだから」
「いいじゃない!燎くんだって食べ盛りなんだし!
本当はもっとちゃんと作りたかったんだけど、ごめんねぇ」

確かに食べ盛りかもしれないが、大食いでもない。
この感じも懐かしい。
よく見るとテーブルには、燎の好物も並べられていて、偶然かもしれないが嬉しかった。



「燎くんはまだ絵描いてるの?」

先ほどからおばさんに質問攻めにあっている。
紫海は燎の横でただ黙々とご飯をとっていた。

盗み見ると時々シイタケを避けながら食べていて、未だに嫌いなのかと、
泣きながら食べさせられてたあの頃の紫海を思いだす。
そんな変わらないところも嬉しかった。

「香黄くんも凄いわよねぇ。難関の美大に行って。
燎くんもやっぱりそっちに進もうと考えてるの?」

「・・・まだよく分かりません」

「こうにぃ凄いよね!この間なんとかっていう賞とってたし!」

「・・・なんとかって・・・、うる覚えにも程があんだろ」

今まで黙っていた紫海が香黄の話には乗っかってきて悔しくなる。
何年経っても話題にあがるほど彼女にとって香黄は凄い人なのだと痛感する。
紫海にとって、たとえ1番が香黄じゃなくなっても、燎は香黄の次である事に変わりはないのだと。

「ほんと兄弟揃って優秀よねぇ。うちの紫海も見習って欲しいわ」

「うるさいなぁ」

「燎くんに勉強教わったらいいんじゃない?」

「・・・教えてやってもいいけど?」

「2コ下に教わるとかないし!ナマイキ!!!」

やっとこっちを向いてくれた。
それだけなのに燎は嬉しかった。



これまでのぎこちない帰り道が嘘みたいに弾む紫海との会話に、
燎は精一杯平静を装ったが、
その日は眠るまでニヤつきが治まらなかった。