「おねーさん? お暇ですか?よろしければ俺と一緒にお祭りを楽しみませんか?」
急に声をかけられて、ビクッとしたけどなんだか聞き覚えのある声に、他にもくすくす笑う声が聞こえてきて、ふと振り返ると
そこには桜井を筆頭にいつものメンバーが立っていた。
ほっと胸をなでおろして、みんなの方に近づくと、一人一人が目を見開いてぱちぱちと瞬きを繰り返しているのに気づいて、やはり似合ってないのでは、と不安が再燃した。
やっぱり私服でくればよかった、と後悔し始めていると、パタパタと顔の前であおいでいた扇子をぴしゃりと閉じたかと思うと桜井がぎゅっと手を握ってきた。
「…有明ちゃん、本当に2人で抜け出しちゃおうか こんなやつら置いと…痛い痛い!」
色っぽく浴衣を着こなした桜井がキケンな瞳で私を誘惑しようするのを朝陽が頬を引っ張って強制退場させてしまった。
「咲希、めちゃくちゃ綺麗…!!普段メイクするの嫌がってほとんどしないけど、今すごく大人っぽくて綺麗だよ」
「それに、その浴衣の色とても似合ってるわ。悔しいけど、浴衣美人代表って呼んであげるわよ。」
菜々や美帆に口々に褒められて、素直に嬉しくて思わず薄く微笑む。
ちゃんとした浴衣なんて持っていなくて、家に帰ってから途方にくれていた私を見て、おばあちゃんが出してくれたのがこの浴衣だった。
真っ白な下地に濃淡の分かれた紫色の花が所々にあしらわれていて、とても大人っぽい。山吹色の帯がその紫を一層引き立たせていて、とても綺麗だった。
「咲希ちゃん。この浴衣はね、あんたのお母さんも今の咲希ちゃんと同じくらいの年頃のとき着ていたんだよ。だから、ほら。
咲希ちゃんにとっても似合ってるわ。」
そう言って鏡の前で、優しく微笑んでくれたおばあちゃんの笑顔を思い出して胸が温かくなる。
自分じゃ到底できないほど、器用に結い上げられた髪に刺さった紅色の花飾りにぶら下がるガラス細工の連なりが、歩くたびにシャラリと揺れてなんだかうなじがくすぐったい。
「っつうか、せっかく有明がいるのに、司のやつなにやってだよ。まさか、来ないなんてないよな。」
中川が上手く着崩した浴衣の袖からちらりと腕時計を確認する。
道沿いにぶら下がっていたちょうちんには段々と明かりが灯り始め、空の群青はどんどん深まり夜が近づいていた。
「とりあえず、先に屋台回ってみようよ〜
そのうちに凪原が来たら電話で待ち合わせすればよくない?」
屋台から漂う食べ物の匂いに、朝陽や三宅はもう我慢し切れないようだった。
「そうね、混み始める前に大方回っておきましょうか。」
それでもいい?と菜々が私に気を遣って尋ねてくれたので、大丈夫、と小さく笑った。
去年も来たし、あいつ今年もちゃんと来るから心配すんなよ、と中川が声をかけてくれた
今までなら、はいはいとそんなからかいを無表情に受け流していたけど、今の私はその言葉に少し元気づけられて、ありがとうと呟いてそっと中川に微笑んだ。
「奏人ー? なにしてるのぉ?早く行くわよー」
遠くで菜々が呼んでいる声にはっとする。先ほど見せた有明の笑顔に見とれてしまっていたことに気づかされ、我に返った。
シャラリと揺れる有明の髪飾りのガラス細工の粒が、キラキラとあたりに灯る光を反射して美しく輝いていた。